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1
あたるが面堂とどこでセックスをするかというと、実のところ決まった場所があるわけではなかった。面堂のほうはどうだか知らないが、少なくともあたるにはそのあたりに関するこだわりはない。だから、周囲にほかに誰もいなくて、なおかつ最後まで邪魔される心配がないのであれば、あたるとしてはどこだってよかった。
ちなみに一度やってみて面堂に後で散々怒られたのは、朝の学校の空き教室だった。元からあまり本調子ではなさそうだった面堂は、それが最後の打撃となって、結局授業を一つも受けられないまま早退するはめになったからだ。
「本当に何を考えとるんだ、きさまは!!」
明くる日、面堂は登校するなり人影のない廊下の隅にあたるを引っ張り込んだ。
「誰か来たらどうする気だったんだ!」
そしてあたるの胸ぐらをつかんで、考えつく限りの悪口雑言すべてを使ってあたるをなじり倒した。ひとしきり罵倒が浴びせかけられ、ぜいぜいと面堂が息を整えるために黙ったタイミングで、あたるは面堂を見上げてへらっと笑った。
「でも誰も来なかったろ?」
悪びれずに言うあたるを、面堂は何も言わずにどついた。かなり痛かった。
こういうことがあるたびに、「いいかげん時と場合を考えたらどうだ」と、面堂は怒る。でもこのときだって、朝のHRが始まる時間になったのもあって、それ以上あたるを追求しなかったし、あたるからもその話題を持ち出すことはなかった。その日一日、いつも通りあたると一緒になって、かわいい女の子を追いかけたり、きっかけを思い出せないくらいのくだらないことで廊下を走り回ったりして過ごした。それで全ておしまいだった。
ただ、あたるにも都合のいい場所というのはあるもので、そのうちの一つが面堂財閥の管理下にあるなんてことのない一軒家なのだった。本来は面堂の部下であるサングラスの男たちのために用意された社用住宅であるらしい。たまたま友引町にそのうちの一つがあって、しかも今は誰も住んでいないということを、面堂が以前に発見した。丁度いいので隙を見つけては二人で忍び入り、よろしくない享楽に耽っている。
長かった中間試験もようやく終わり、昼には放校になった。本当は何はともあれ滞りがちだったガールハントに思い切り身を投じたかったが、放っておくと先に面堂がヘリに乗って自宅に帰りそうな雰囲気だったので、涙を呑んで我慢し、その場所までやってきていた。
実際のところ面堂の家に押しかけても問題なかったと思うが、面堂のヘリで面堂邸まで移動するのはそれなりに時間がかかるし、そこから面堂の部屋までたどり着くまでの距離と手間を考えると、ここに来る方が早くて楽なのだった。
あたるとしては、細かいことは抜きにしてもうこのまま始めてしまいたかった。だが、面堂がシャワーで汗を流したいだの部屋の換気をしたいだのといろいろと注文をつけるので、なかなかそうはいかなかった。
そもそも、この頃は面堂の方が何かと理由をつけてセックスを断ることが多かったのだ。誘ったところで、その日は母上との約束があると言われれば、さすがに無理を通す気にはなれなかったし、どうしても外せない社交パーティーがあると言われれば納得するしかない。
そして、試験期間の二週間。この二週間、キスひとつ満足にできなかった。誰もいない廊下で隅に引っ張り込んでも「今は駄目だ」の一点張りで、面堂は決して譲歩しなかった。
考え得る言い訳を面堂がすべて使い切っただろうタイミングで、あたるは有無を言わさず面堂をベッドに押し込んだ。ここまでくれば、流石にもう逃げられないはずだ。
「諸星……あの」
「ん?」
襟元に手を伸ばし、ボタンの一つ目に触れたところで、面堂があたるを見上げた。
「始める前に、少し話がしたい」
この期に及んでまだ引き延ばす気だろうか。あたるは面堂を抱き寄せた。
「話なんか後でい~だろ」
「いや、待っ、……んっ」
面堂の顎を捉えて、そのまま口付ける。少しずつ角度を変えながら唇のやわらかな感覚を味わい、面堂の脇腹のあたりをするっと撫でる。手のひらが這う感覚に面堂がかすかに身を震わせて、あたるの腕を握った。その感覚を意識しながら、あたるは体重をかけて面堂を押し倒した。
「は……ぁ、もろぼ、し、待てと言って……」
「あれ、おまえシャンプー変えた? 前とちょっと違う」
首元に顔をうずめて耳を軽くくわえながら、あたるはすんすんと匂いをかぐ。かすかに息がかかるたび、面堂の体が小さく跳ねた。
「っひ、変えた、が、今は話を」
舌が耳殻をぬるっと這った瞬間、腕の中の面堂がびくっと反応した。
「うあ……っ!」
「これも悪くないけど、前の香りの方がおまえに合ってたな」
「ん、んぅ……っ」
あたるは面堂のシャツのボタンを外しながら、もう一度面堂にキスをする。二週間指一本触れられなかった分、面堂ほど口の中が敏感ではないあたるでも、キスをしているだけでも身体がぞくぞくしてくる。面堂はあたるのシャツをぎゅっと握った。
はあ、と息を吐きながら唇を離すころには、面堂はくたっと身体から力を抜いておとなしくなっていた。あたるは最後に面堂の唇に軽く触れるだけのキスを落とした。何を言おうとしていたにせよ、どうせまた何とかかんとか理由をつけてセックスはまた今度にしようと言い出したに決まっているのだ。でも、こうなってしまえば面堂ももう嫌とは言わない。
最後の仕上げに面堂から服をはぎ取っていく。自分もさっさとシャツを脱いで、そのまま丸めてぽいっとベッドの外に放り投げた。
「またきさまはそうやって……」
面堂が呆れた顔で言うが、あたるは無視して面堂の身体にあらためて覆いかぶさった。
「普段からそういうだらしない態度だから、テストもろくな結果にならんのだ」
「関係ねーだろ、そんなの」
「今日だって教科書を忘れてコースケに見せてもらっていただろう」
あたるは少し手を止めた。
「よく気付いたな、そんなの」
「席が近いんだから話くらい聞こえる」
確かに、面堂の席はあたるの斜め前、コースケの真ん前である。日本史のテスト前にうだうだやっていたのが聞こえていてもおかしくはない。
「ど~してぼくがこんなアホのすぐ近くに……」
ぶつぶつぼやく面堂に、あたるは真面目くさった顔で言った。
「地獄耳とはこのことだな面堂!」
「喧嘩売っとるのかきさまはっ!!」
あたるは面堂の胸に頬をつけてくくくと忍び笑いをこぼした。そして今度は面堂の首筋を甘嚙みしながら、ゆっくりと面堂の身体に手を這わせていく。ただ触れるだけでもいい反応が返ってくる場所を中心に責めて、少しずつ面堂の抵抗と緊張をほどいて取り去っていった。面堂の表情が少しぼんやりとしてきたのを見て取ると、あたるは面堂の上半身に腕を引き戻して、胸にそっと触れた。
「っあ……」
優しくかりかりと爪で引っ掻く。先がだんだんと硬くなって、ふんわりと紅く色付いていった。今度はそっと摘んで、やわく力を入れて軽く押し潰せば、面堂の息が徐々に乱れてくる。押し殺した吐息の中に隠された性的な興奮は、注意深く耳を澄ませなければわからないかすかなものだった。
「ちくびきもちいい?」
「っ、くだらんことを聞くな、アホ!」
「いや~、おまえが気持ちよさそうな顔しとるから」
「誰もそんな顔しとらんわ!」
そう言うくせに、面堂の頬はますます赤く色づいてきたし、吐息につやめいた喘ぎ声が混じり始めている。あたるは片方の乳首をつまむのをやめ、少し眺めてみる。血の色がほんのりと乗って甘く色づいたそれは、すっかりぴんと立ち上がっていた。あたるは面堂の乳首を上から押し潰すようにして刺激した。
「っう、諸星……っ」
面堂の少しうろたえた声が、今は心地よい。これを聞くのもずいぶん久しぶりに感じた。そして、久しぶりだからこそ、もっと聞きたい、引きずり出してやりたい、と思ってしまう。
ただでさえ欲求を持て余していたところに、完全な禁欲を二週間も強いられたのだ。だから、今日のあたるは、いつもと比べて余裕というものが全くなかったうえに、その恨みを面堂にぶつけないではいられなかった。
肌が触れあっているところから、面堂の身体がぴくんぴくんと跳ねるのが伝わってくる。もうそろそろ限界だろう。
「ん、ん〜……っ」
「イきたいならイっていいよ」
「うあ……」
あたるの与える快楽に夢中になって、そのまま甘い感覚に身を任せようとしている面堂の耳元に唇を近づける。頭の中まで快感でとろとろになっている面堂に、あたるは優しく甘くささやきかけた。
「おまえが女の子みたいにちくびで気持ちよくなってイっちゃうところ、組の女の子が見たらなんて言うんだろうな」
「……っ!?」
「ほら、気持ちいい気持ちいい」
正気にかえったところで、一気にぎゅうっとつまむ。今更こらえようとしたところで、痛いほどに強い刺激は、今の状態ではただただ甘く強烈な快感でしかない。面堂の身体ががくがくと震えた。
「ひっ、あ、―〜〜…ッ♡♡」
イっているあいだもすりすりと乳首をなでさすり続けながら、あたるは笑い混じりにからかった。
「やっぱり我慢できなかったな、面堂」
「っう、るさい……」
面堂は顔を背け、悔しそうに目を瞑った。
未だ快楽の余韻を引きずって、ときおり小さく跳ねる身体をするりと撫でる。
「んっ、ぁ…!」
面堂が小さく息をのんで、逃げるように身をよじった。どうせ、こちらに逃がすつもりなんかないとわかっているだろうに。だが、こうして無駄な抵抗をする面堂を眺めているのも、悪くないものだとあたるは思う。
面堂の様子がもう少し落ち着くのを待つついでに、ローションのボトルから中身を出して指に絡めていく。
「面堂、指……入れるぞ」
「あ、っ……」
前回から時間が空いていたが、面堂の身体はあたるを拒絶することなく素直に指を飲み込んだ。ぬちぬちと、ゆっくり何度も優しく指を動かして、少しずつほぐしていく。
「う、あ、ぁ……」
さっきイった余韻がまだ抜けきっていないから、その程度の刺激でも面堂はしきりに甘い声をこぼした。
どこを触るとどんな反応をして、どんな声をこぼして、どんな表情をするのか。指を動かして得られるそういった一つ一つをじっくり味わっていく。
あたるがそうして続けていると、面堂はぎゅっと目を瞑って顔を背け、かすれた声でささやいた。
「それ、やめろ……」
「あ~、痛い?」
「ちがう、そうじゃなくて……」
面堂は、はあ、と息を吐いてから、涙がかすかに浮かんだ目であたるを見上げた。
「いちいち、ぼくの反応を見るな……」
あたるはまばたきした。
「何を言い出すかと思えば……」
「っあ……ぁ、うあ…ッ」
ぐっと指で良いところを優しく押し込むと、面堂が切なげに背筋をそらした。
「なら、そ~やってえっちな反応するのやめればいいのではないか?」
「そん、な、こと、してない……っ」
「しとるだろ、あほが」
「やっ、ああぁ……」
わざと弱いところだけをすりすりと撫でさすって虐める。面堂は不意にあたるの肩を必死になって押した。
「ぁ……ッ、もろ、ぼし、だめだ、も、そこやめ……っ」
一瞬手を止めてから、あたるはすぐに何が起きるかを見て取って、面堂が嫌がる場所を狙ってくにくにと揉みしだいていく。面堂は両手で口元を覆った。
「っふ、んん~~っ…♡♡」
「おまえほんっと弱いなここ」
「っ、だってこんなの……!」
びく、びく、と面堂の身体があたるの指をあまく食んでいる。面堂が目を瞑った瞬間、ぽろっと涙がこぼれて頬を伝った。あたるは口角を上げて、それを舌先ですくいとる。
「こんなのきもちよすぎるよな、わかるわかる~」
「し、知った風な口を……!」
はあ、と熱っぽい息をこぼしながら、あたるは面堂の足をつかみ、軽く広げる。腰を近づけると、くち、と音を立てて先端がそこに触れた。
「面堂、おれも、きもちよくなりたいな」
「あっ……!」
「もう、いい?」
ささやくように問いかける。面堂はすっと目をそらして、こくんと小さく頷いた。
それを合図に、あたるは面堂の脚の間に、ゆっくり身を沈めていく。
「ふあ……!」
「ん……っ」
進むほどに、面堂の腰がぴくんぴくんと反応する。あたるの口からも、小さな喘ぎがこぼれた。久しぶりなのもあって、すごく気持ちがいい。
「っ、もろ、ぼし、もっとゆっくり……ッ」
「ふ……わるい、おれも、ちょっと、余裕が」
「っひ、あ、ぁ……ッ♡♡」
ずぷぷ……と、少しも手加減せずにそのまま奥まで挿れていくと、面堂の体がかくかくと小刻みに震えた。先ほどの絶頂の余韻が挿入の快感と混ざり合って、軽くイってしまったようだ。その際の締め付けに、面堂の横に手をついてあたるはぞくぞくっと背筋を震わせた。
「っあ~、きもちい……」
「きさ、まっ、少しはこちらの話を――」
「っ、はあ…ま~よいではないか、ちゃんと全部入ったんだし」
「あのなあ……!」
面堂は涙まじりにあたるを恨めしげに睨みつけたが、あたるが甘えるように面堂の頬に自分のものをすり寄せると、深いため息を吐いた。
だが、さすがにここから先は面堂の負担も大きくなるので、そこまで自分勝手なことばかりはできない。あたるは奥まで挿れた状態で止まって、自身が面堂の身体になじむまで待った。
「はぁ…はあ……」
少し苦しそうな呼吸だった。だが、今更やめることなんかできない。面堂だって、こんなところでやめてほしいとは思っていないだろう。
しばらくそうしていると、面堂の様子も少し落ち着いてくる。あたるは少し身をかがめてささやいた。
「面堂……もう動いても平気?」
「っ、この程度…べつに、なんともない……」
押し殺した声で、面堂が答える。本当にその言葉通りかどうかは定かではないが、少なくともこうして強がる余裕はあるということだ。なら、やはり平気なのだろう。あたるは「じゃあ、いくぞ」と一声かけて、ゆっくり腰を動かし始めた。
「んんっ……」
面堂は声を殺してあたるの動きを受け止めている。最初こそ身体も固くて表情も少し辛そうだったが、少しずつ中を広げるようにそっと中を行き来していると、だんだんその緊張も緩んできた。
「あ、ぁ……っ」
面堂の目つきが甘くとろけてきて、しきりに声をこぼすようになった。そろそろ、好きに動いても大丈夫そうだ。
あたるは面堂の腰に腕を回して、ぐっと抱き寄せた。身体が密着する分、あたるのそれがさらに奥へと入り込んでいく。面堂は一度びくっと大きく反応して、快楽から逃れようとするように腕の中で身をよじった。
「あ、ぁあっあ…、や、そこ、頭へんになる……ッ」
「うんうん、ここ気持ちいいよな」
ずっ、ずっ、と何度も抜き挿しを繰り返して、同じ場所を突き続けていく。
不意に、面堂があたるの手をぎゅっと握った。
「やっ、ぅ……くあぁ…ッ♡」
面堂がぞくぞくと身体を震わせる。こらえきれずにまた中でイったらしい。あたるは面堂の手を握り返しながら、その甘い締め付けをまた味わった。
「はあ…、こんなに何度もイっちゃって、おまえの身体ってメスイキだいすきなド淫乱って感じだよな」
「っふ、ぅ……」
目を閉じたまま何も言わない面堂に、あたるは薄く笑みを浮かべた。
「へえ、言い返さないんだな? 自覚はあるわけだ……」
「ッ、きみは本当に意地が悪い……っ」
「そんなに褒めるなよ、照れるだろ」
「も、やめ……これ以上そこ突かれたら……っ」
「なに、どーなるの。またイっちゃう?」
「っく、ああぁ……っあ、あ、だめだ、イ……っ」
面堂のなかがきゅうっと締まった。
「っひ、〜〜〜…ッ!!♡♡」
「メスイキきもちい~なあ、面堂?」
「はぁ…、ぁ、う…ッ」
終わらない快感から逃れたいのか、面堂はシーツに腕をついて、いまだ痙攣の収まらぬ身体をあたるから必死に遠ざけようとした。あたるは面堂の腕をつかんでとらえ、もう一方の手で面堂のおなかを指先でぐっと軽く刺激する。面堂の腰がびくっと跳ねた。
「やぁ……! やだっさわるな……」
「なんだよ、別に変なとこさわってね~だろ」
「やっ、ぁ、うあぁ……」
すりすりと、手のひらをゆっくり往復させる。ただ下腹部を優しく撫でさすっているだけなのだが、イっている最中だとそれでも相当強い刺激になるようで、面堂はビクビクと震えながらその愛撫に感じている。赤らんだ頬ととろけた目つきを眺めながら、きもちよさそうだな、とあたるは思う。いつも女の子に格好つけて色男を気取っている面堂が、こんな風に男の腕の中で快感に身悶えている姿など、きっと彼女たちは夢にも見たことがないに違いない。面堂が無防備な素顔を晒すのは、あたるがこうして抱いているときだけだった。
「ほんと……ひさしぶりだよな、こういうの」
あたるがいつもよりも柔らかい声で呟くと、面堂もぼんやりした顔で小さく頷いた。
「ん……そうだ、な……」
言いながら、面堂はあたるに腕を回して、あたるに軽く抱き着いてくる。あたるはくすっと笑って面堂をからかった。
「なんだよ、さみしかったのか?」
すると面堂ははっとしたようにあたるを突き放すと、ふいっと横を向いた。
「ふんっ……ぼくは、きみなんかいなくたって別に何ひとつ問題なかったぞ! かえってせいせいしていたくらいだ!」
「なにい~?」
普段なら気にせず流せるような、いつもの面堂の減らず口だった。だが、ここ二週間の面堂の態度を思い出すとどうにも仕返しをしたくなってしまった。
あたるは面堂の顔の横に手をついて、すっと顔を近づけて笑った。
「そ〜いえば、メスイキって繰り返してるとクセになるらしいぞ」
「え……」
「そのうちおまえ、まともに射精できなくなったりして」
「……」
嘘か本当かもしらない話だが、少なくとも面堂は信じたようだ。あからさまに顔色が変わるのを見て、あたるは意地悪く微笑んだ。
「おれに抱かれないとイけないなんて、色男も形なしだな」
「そ、……そんなバカなこと、あるわけないっ……」
「そお? じゃ〜別にいいよな、おれが何しても」
「うあっ!?」
ぐぐっと腰を沈めると、面堂の身体がびくんと跳ねた。
「っく、諸星……きさま、どういうつもりだ!」
「ふ、聞かなくてもわかってんだろ?」
「ひあッ……!!」
面堂の体を圧し潰すように体重をかけ、さらに深く挿入していく。面堂はいよいよ焦り始めたが、あたるにはやめるつもりなど毛頭なかった。
面堂はすでに、あたるが今から何をする気なのか正確に察していた。あたるの肩を押しながら、息も絶え絶えに口を開く。
「諸星っ、ぁ、やくそくが…、違うではないかっ」
「なにが?」
「そこ、は、……っひ、あれは、もうやらない、と、この前…!」
あたるは面堂の目をまっすぐ見下ろしながら、にこりと笑った。
「そんなこと言ったっけ?」
「きっ…きさまというやつは〜…ッ」
こちらに掴みかかろうとする手首をすばやく捕らえると、シーツの上に縫い止めた。そのまま上体を倒して体重をかければ、ずぶずぶと更に奥に入り込んでいく。面堂はきゅっと指に力を入れて小さく首を振った。
「あっ、あ、だめ、だめだ……!」
「なぁにがダメなんだよ、そんな顔で。おまえだって気持ちいいくせに」
あたるがそう言うと、涙に濡れた瞳がきつく睨み付けてくる。その鋭ささえも、今のあたるには小気味よくてぞくぞくする。
一か月ほど前の話だ。あたるがそれの話を聞いたのは学校の昼休みのさなかだった。話が女子の耳に入らないよう教室の端に集まって、一人の持ってきたいかがわしい雑誌をみんなで眺めていた。
どういうきっかけだったかはもう忘れてしまったが、雑誌を囲んでいるうちに気が付いたら話題が自慰の仕方について流れていって、そのうち誰かがアナルオナニーを話題に出し、また別の誰かがあたるの前で真偽不明のことを口走った。
「アナニーといえば、ケツの奥の方に突っ込んでくと結腸の手前で止まるらしいんだけど、そこをぶち抜くと前立腺弄るより気持ちよくなれるらしいな」
へえそうなんだ、と口に出さずにあたるは思い、そのことを記憶の片隅にとどめておいた。そしてしばらく経ったある日、ふとそのことを急に思い出したあたるは、特に事前に相談することもなく面堂相手に噂の真偽を検証した。
それは、確かに気持ちよかった。気持ちよかったが、それ以来面堂は、あたるがどんなにせっついてもねだっても、二度とあたるにそれを許そうとしなかったのだった。
いい機会だ、仕返しがてらあれをもう一度試してやろう。
ただ、今日の面堂はやけに諦めが悪かった。あたるにのしかかられ、ろくに身動きできないくせに、拘束から抜け出そうともがいている。
「やっ、諸星、それ、そこやだっ、やだあ……たのむから、やめてくれ……!」
面堂がここまで嫌がるのは珍しかった。きっと、いつもなら、そして以前もう一度これを試そうとしたときも、面堂があんまりにもいやがるようならあたるは多少残念に思っても引き下がるようにしていた。
だが、重ねて言うが、今日のあたるは今まで我慢していた分いつもよりずっと虫の居所が悪くて、面堂に意地悪をしたくてたまらなかったのだ。
「い~ではないか、絶対きもちいいよ」
「っく、ぅ……や、やめろ、と、言っているのが……」
面堂は、すっとあたるを見上げて、ぐっと腕に力を入れる。
「わからんのか、このアホ!!」
「っい!!」
がつん。
視界の中で火花が散る。あたるはくらくらしながら頭を押さえた。けっこうな勢いと速さだった。つまり面堂の頭突きはちょっと涙が滲むくらい痛かったということだった。
「面堂きさまっ! 何すんじゃいきなり!!」
「っ、くぅ〜……」
面堂も面堂で、額を手のひらで押さえて呻いている。あたるは鼻で笑った。
「ふんっ、自分も痛がってりゃ世話ね〜な!」
「はぁ、はぁ……っ、きさまが、ぼくの話を聞かないからだ!」
面堂の瞳がひたりとあたるを見据える。それを見た瞬間、あたるはぎくりと身を固くした。ぎらぎらと炎に灼けるような目つき。面堂は、本当に怒っていた。
「な……なんだよ」
「帰る」
「はあ?」
面くらっているあたるに向かって、面堂は泣きながら怒鳴った。
「もうこんなのたくさんだ!」
「お、おい面堂……」
「うるさい!!」
あたるを突き飛ばそうとする腕を捕らえる。面堂は、今までとは全然違う真剣さでもがいた。
「そこまで怒ることね~だろ!」
「先に約束を破ったのはきさまの方だろうが!!」
「何言っとる、おまえだって気持ちよさそうに喘いどったくせに!」
そしてどうやらこの一言がついに一線を越えたようだった。面堂の目に、研ぎ澄ました日本刀より鋭い光が宿って、あたるを刺し貫いた。
面堂はあたるの腕をばっと払いのけると、手負いの獣のような決死の勢いであたるに飛び掛かった。
ところで面堂の腕力は、自制心を失ったときには人一人すっぽり覆うほどの大きさの釣鐘を素手で叩き割ることができる程度には強い。あまり意識することはないとはいえ、あたるもそれくらいのことはわかっていた。かといって、普段はその力を最大限に発揮することなどまずなかった。日常では意識して力を抑えているのか、あるいは恐怖のために全ての箍が外れてああいうことができるようになるのか、それはあたるの知ったことではない。
要するに何が言いたいかというと、刀の白刃取りでも取っ組み合いの喧嘩でも、面堂があたるを力で圧倒することは今まで一度もなかったということだった。
だから、こういう結果になったのは、あたるにっても面堂にとってもこれが初めてということで。
あれからどのくらい時間がたったのか。窓から差す夕陽の赤さから判断するに、面堂に殴られて気を失っていたのはあまり長い時間ではないだろう。
「い……っつ~……」
あたるは腕をさすりながら、少し涙目になっていた。最終的に半ば殴り合いになっていたせいか、あちこち打ち身と痣だらけである。裸のまま部屋にある本やら置物やらを投げ合っていたので、そこら中にものが散乱していてなかなか壮絶なありさまだった。推理小説だったら間違いなくここに死体があって事件が展開していったに違いない。ただ、今ここにいるのはあたるだけだった。
「あんにゃろぉ〜……おれを置いて帰りやがったな……!!」
あたるはベッドの上であぐらをかいて、腹立ちまぎれに面堂の置き土産のブランケットを握りしめた。そもそもなぜこんなものがあたるの上にかけてあったのか。風邪を引かないようにという気遣いなのか何なのか、理由は知る由もない。そんな気遣いができるのなら、まず殴って気絶させた挙げ句に捨て置いて行くなと言いたい。
ぺいっとブランケットをベッドの外に放り投げて、あたるはまず自分の服を探した。まず目に入ったのは白いスクールシャツである。
あたるは散らかった部屋に脱ぎ捨てられたそれを拾い上げると、さっさと腕を通してボタンを留め始めた。布が擦りむいたところに触れて痛み、それがまたあたるの苛立ちをいっそう募らせた。こちらをきっと睨みつける面堂の目つき。夜を思わせる深い色の瞳が怒りでいつも以上にきらきらと輝いて、思わず見ている方がぎょっとするほどの強い光を宿していた。下着を履き、ズボンに足を通しながら、あたるはその輝きを思い出していた。胸がむかむかする。
――やっとテストも終わって自由になったってのに、あのアホのせいで台無しだ!
靴下がなかなか見つからない。床の上を見て、くしゃくしゃになったシーツを引っ張って探してもなくて、ベッドの下を覗いてみてようやく発見できた。
白い靴下をはくと、血のにじんだくるぶしがその下に隠れる。ようやく身支度を終え、あたるは扉のそばに立てかけられていた自分の鞄をひょいと拾い上げた。散らかった部屋を片付けるつもりなんかもちろんなかった。ガラス面のひび割れた時計をまたぎ、開きっぱなしで落ちている本を踏みつけ、あたるはドアをすり抜け玄関に向かった。玄関には、片っぽだけひっくり返った赤いスニーカーがぽつんと残されている。入ってきたときに、丁寧にそろえて脱がれた白い革靴の姿は跡形もなく消えていた。あたるは玄関で軽く腰を下ろしてスニーカーを履き、ゆるんだ靴紐を締めてぎゅっと結ぶ。
――面堂のタコ! もうアイツなんか知るか!
ばったんと玄関の扉を叩きつけるように閉じる。あたるはここにはもういない男を延々呪いながら、夕焼けに赤く染まる街並みを抜けて家路についた。
2
まだ日が昇ってからそれほど経っていないというのに、既に通学路のアスファルトは日差しの熱を吸ってじりじりと熱くなり始めている。そこかしこの木々の梢から、アブラゼミがしきりに鳴いて、自身の存在を恋の相手に知らせていた。夏の暑さがじりじりと肌を焼き、シャツの下には汗がにじむ。そして、あたるのシャツの裾からは、真新しい絆創膏がいくつも覗いていた。もちろんその傷は全部、昨日の面堂にもらったものである。
だが、怪我も夏の暑さも日差しの苛烈さも節々の痛みも、今のあたるにとってはどうだってよかった。
この怒りの焦点の先にあるのは、ただ一人なのだ。
やつあたりでもするようにがらっと乱暴に教室の扉を引いて、あたるは教室に入っていった。
面堂は、昨日のことなど何も無かったように、いつもと同じように女の子の輪に囲まれていた。それは非の打ちどころのない実に爽やかな笑顔で、あたるとしては見ているだけで腹が立ってくる。
あたるはずかずかと大股で教室を突っ切る。声をかけるつもりはなかった。にもかかわらず、面堂があたるに気づいてこちらに顔を向け、目が合った瞬間、気がついたら言葉が口をついて出ていた。
「よ〜、面堂。いや〜昨日は実にステキなひとときを過ごせたぞ、おかげさまで」
いつもと同じ軽い調子、軽い表情だった。その実、腹の底がムカムカしていて、向こうが怒るならいつも以上に遠慮なく面堂とやり合うつもりだった。
「諸星……」
さあ来るか、と身構える。なのに、面堂はあたるの思っていたのとは違う態度をとった。
面堂は、すっと目を細めてあたるを見据えた。冷ややかで、静かで、それでいてどことなく責めるような、なんともいえない目つきである。
「なっ……なんだよ、その目は……」
思わず怯んでしまったが、気を取り直してあたるも面堂を睨んだ。
「諸星、話がある」
「奇遇だな、おれも丁度ある」
すると面堂があたるの腕を無造作につかんだ。
「なら、ついてこい」
抑えた低い声で一言そう言って、面堂はあたるの腕を引いて返事も待たずに歩き出した。あたるは驚いた。言い争いや喧嘩のときに面堂があたるの胸ぐらを掴むことはよくあったが、そうでないときに人前であたるの身体に触れることなどほとんどなかったからだ。
毒気を抜かれ、あたるはそれ以上怒ることもすっかり忘れて面堂に付いて廊下を歩いていく。その背中を眺めているうちに、昨日の面堂の顔がふっと頭に浮かんだ。ぼろぼろ泣きながらあたるに怒鳴った面堂。あのときに抱いた罪悪感が胸をかすめたが、あたるは気づかないふりをした。
なんだか、今日は、とあたるは思う。いつもと、何かが違う気がする。
面堂があたると向かったのは、少し離れた場所にある空き教室だった。前にも来たことがある、そもそもここならあまり人が通りかからないと先に気づいたのはあたるで、だから以前も隙を見て面堂を連れ込んだのだ。
あたるの腕をつかんだまま教室の中ほどまで進むと、面堂はようやくあたるを放した。それでもまだあたるが逃げ出すとでも思っているのか、面堂は退路を塞ぐようにあたると扉の間に立っている。
「ぼくは回りくどいのは嫌いだ。だから単刀直入に言おう」
「その前置きが既にくどいと思うが……」
あたるのまぜっかえす言葉にもやはり面堂は何も言わなかった。面堂はあたるをじっと見据えたうえで、静かに、しかし非常にはっきりとした声で言った。
「もうやらない」
「は?」
「きみとはもう、ヤりたくない」
あたるはぽかんとして固まった。
「……はぁ〜っ?」
「では、確かに伝えたからな」
踵を返してさっさと空き教室を出ていこうとする面堂の後を、あたるも大股で追いかけて声を荒げる。
「おいこらっ! いきなり何じゃ、それは!」
「話は終わりだ」
「アホ、こっちは全然終わっとらんぞ!!」
「ほう、それは御愁傷様だな」
「あのなあ〜!」
面堂がこちらに見向きもせず扉に手をかけたところで、あたるは強硬手段に移った。
「せめて理由を言わんか、理由を!」
みし、とハンマーが面堂の頭に振り下ろされる。倒れるかと思ったが、面堂はその場にぎりぎり踏みとどまってがばっと勢いよく振り返った。
「き〜さ〜ま〜〜!!」
振り向きざまに向けられた白刃をはっしと受け止めて、あたると面堂は間近で睨みあった。
「それが人にモノを訊く態度か!」
「お〜そうとも、これがおれのモノを訊く態度じゃい!」
「え〜い開き直るなっ!!」
ぎりぎりと刀を押しとどめながら、あたるはふっと息を吸い込んで、今までで一番まじめな声色で尋ねた。
「で、けっきょく何が不満でそーゆーこと言うの、おまえは」
「……」
面堂はそれに答えなかった。あたるは目をそらさずに答えを待ち続ける。
やがて、刀に込められていた力がふっと抜けた。あたるが戸惑うのにも構わず、面堂は無言で刀を引くと、静かに鞘に納める。
面堂はあたるに向かって手を差し出した。
「それを貸せ」
「ん?」
「いいから!」
釈然としないながらもあたるが素直にハンマーを渡すと、面堂は柄の部分をしっかりと両手で握ってすうっと深呼吸する。
「自分の胸に聞けっ!!」
「どわっ!」
どか、と振り下ろされて、視界に星が散った。次の瞬間には、世界が真っ暗になっていた。