04 Refrain

 抱き締めながらしばらく背中を優しくさすっているうちに、面堂の気分もいくらか落ち着いたようだった。そしてようやく面堂は重い口を開いて、半年ほど前に起きた一連の出来事とその後の成り行きをざっくりと話してくれた。思ったとおり、あたると面堂はただの同級生とはとても言えないような関係だった。そして、面堂が進退窮まるまであたるに何も打ち明けようとしなかった気持ちも理解できた。
 あたると面堂の関係がそういう深まり方をしたのは事故と偶然と超自然的横槍の数限りない連続によるもので、普通ならまずありえないと思われるような経過を辿っていた。逆に言えば、そこまで異常な出来事が重なってはじめて成立するほど、この関係はあたるにとっても面堂にとっても「ありえない」、本来なら存在し得ないはずのものだということだった。
 それを証拠に、面堂は話の締めくくりに物憂げな顔でこう言った。
「ぼくたちの関係を本来あるべき形に戻す良い機会だと思ったんだが……」
「……良い機会ねぇ」
 やや低い声で繰り返し、あたるは面堂の頬をつまんでつねった。
「わっ、にゃにをするっ」 
「こんなに目ぇ真っ赤にしといてよく言う。そーゆーこと思ってるやつの顔にはとても見えんが?」
「ひゃめんかこらっ、諸星っ!」
 あたるは構わずぐいぐいと引っ張り続ける。やわらかいから本当によく伸びるなあ、と感心した。面堂があたるの指を外そうとして伸ばした手を、逆に素早く捕らえる。面堂は初めはすぐに振り払おうと腕を引いたが、あたるに離す気がないと気づいて抵抗をやめ、怪訝な顔であたるを見た。
「おれ、何も覚えてないから……」
 言いながら、襟元のボタンを指先で弄ぶ。
「おまえにやり方聞いていい?」
「……何の」
「わかってるくせに」
 きっちりと閉じられていた学生服のボタンを、一つ一つ外していく。
「教えてもいいが……聞いたら、きっと嫌になるぞ」
「なぜだ?」
「ふたりとも男なんだ。なら、どこにソレを挿れると思う?」
「…………まじ?」
 思いがけない返答に、あたるは頬を引きつらせてしまった。確かに、女と違って膣なんかないんだから、そこしかないのかもしれないが、具体的な想像を巡らせたことはなかったし、夢の内容についても深く考えたことはなかった。そうか、あれ、そういうことだったのか。
 面堂はため息をついた。
「ほら、だから言っただろう。もう夜も遅い、帰るなら車を回そう」
 窓の方に目を向けながら、面堂は落ち着き払った声で言う。表情も冷静そのものだが、その下で何を考えているのかははっきりしない。
「う〜ん……」
 あたるはそれを眺めて少し考え、それからなんの前触れもなくさっと面堂の身体を腕の中に抱き込んだ。
「うわっ、なにを……」
「かといって、前のおれは手を出さなかったわけじゃないんだろ」
 さわさわと面堂の身体をあちこち撫で回すと、面堂が戸惑ったように身じろぎした。
「っ、おい諸星……」
「いつもは、どうやってた?」
 直球で問うと、面堂はおとなしくなって、少し俯いた。
「いつもは、……その、」
「うん」
「あの……」
「うん」
 あたるは急かさなかった。この面堂という男は、下手に追い詰めると、するりとどこかに逃げ出していきそうな雰囲気があった。
 辛抱強く待っていると、やがて面堂は、ごく控えめな声で答えた。
「さいしょは、キスしたり、耳を舐めたり……あと、いろんなところを触ったり、という感じだったな」
「なるほど。で、そこから先は?」
 面堂はまたそこで黙り込んだ。それから遠慮がちにあたるを見つめる。
「諸星……べつに、無理に今日そこまでやらなくてもいいんだぞ。記憶が戻ってからでも……」
「ん〜……つまりおまえは、今日はおれとヤりたくないのか?」
 これまでの態度や言葉を解釈した結果として、あたるは単刀直入に尋ねた。
 面堂は首を振る。
「ぼくだってやりた、い、けど……」
「けど?」
「その……せ、説明するのが恥ずかしい……」
 しかも面堂が俯きがちに、生娘みたいに真っ赤になってそんなことを言うものだから、あたるはかなり驚いた。
「……おまえ、意外とそそるな」
「なっ、ふ、ふざけたことをいきなり抜かすな!」
 面堂はあたるを睨みつけるが、一度抱いた印象はそう簡単には変わらない。それどころか、面堂のそういう強がりによって更に深まっていった。
 このとき、あたるの気持ちは「男はちょっと」「ケツに突っ込むのはさすがに」という段階から、すでに「あ、なんかこれ行ける気がする」という段階まで来ていた。行ける気がするなら、無論行けるのだ。元々そういう関係だったというならなおのこと悩む理由はない気がする。
 あたるは面堂を捕らえたまま、また頬に触れる。するりと表面を撫でて、唇を指先でなぞると、面堂がくすぐったそうに目を細めた。
 病室で初めて会ったときから、胸の中がざわざわして落ち着かなかった。見るたびに喰い付きたくて、でもそんなことできるわけなくて、苛々した。
 だが、この男は今の所どうやらあたるのものらしい。なら、好きなだけ食べてしまっていいのだ。
 あたるは面堂に身を寄せて、また唇を重ねた。
 ついばむように何度もキスを重ねて、時折淡く色づいた唇を舐める。男の唇なんか味気ないだろうと思っていたが、実際触れてみるとそうでもない。あるいは面堂が他の男と違うのかもしれないが、女の子と同じくらいにしっとりと柔らかくて、触れているだけで頭の芯が痺れる感じがする。
 やがて面堂があたるの口内にそっと舌を差し込んできた。思わずぴくっと肩をこわばらせたが、面堂がなだめるようにあたるの背中をゆっくり撫でる。その感覚が心地よかった。気遣うように優しく動く舌に、あたるは自分のものを絡めた。面堂の服の裾をぎゅっと握り、相手の動きになんとか応えていく。面堂は、記憶のないあたるをリードするつもりのようだった。
 普通なら、それに乗るものだろう。何しろ今のあたるは未経験に等しく、面堂は逆に経験豊富なのだ。しかしそれでどんな不都合があろうとも、あたるは主導権を誰かに渡すのがどうしても嫌な性分だった。
 ある程度やり方を把握してきたところで、口内の面堂の舌に、あたるは前触れなく歯を立てた。面堂はそれに驚き、舌が反射的に逃げるような動きを見せる。あたるはそれを機に、今度は自分が面堂に侵入していった。
 面堂の唇の間に舌を差し入れ、きれいに並んだ歯列をするりと舐める。ぞくぞく、と面堂の身体が震え、鼻から甘い声が抜ける。頬の裏を舌先でつつき、面堂の柔らかい舌を舐めていると、あたるも意識がふわふわするような快感を覚えた。
「ん、ん……っ」
 あたるが自由に動き面堂を翻弄するにつれ、面堂の喉の奥からこぼれる声が、かすかな戸惑いに彩られていく。いったんキスを中断しようというつもりなのか、徐々に後ろに身体を引く面堂を、あたるはその分だけ身を乗り出して追いかける。面堂が自然と体勢をくずしたところで、そのまま体重をかけて押し倒した。
「っ、ふ……」
 さて、面堂はさっきなんと言っていたか。
 開いた学生服の下、仕立てのいいシャツに手のひらを滑らせる。薄手の生地越しに面堂の身体の輪郭が感じられた。わかっていたことだがやはり固い。女の子相手ならとりあえずおっぱいかお尻でも揉めば楽しいと思うが、この場合どこを触ればいいのか全くわからない。
「おまえどこが感じる?」
「な、なんだいきなり」
「だって、聞いたほうが早いだろ」
 面堂は口をつぐんだ。無言のまま、頬だけがふんわりと林檎色に染まっていく。面堂はふっと視線をそらした。
「やはりやめよう……」
「こらっ、なぜそ〜なる!」
 無遠慮に胸を押しのけてくる手首をがしっと掴んだ。あたるはそのまま面堂の手首をシーツに押し付けようとするが、面堂はそうさせまいと逆に突っぱねてくる。お互いに全力で相手の動きを阻止しようとぎりぎりと力を込めているので、至近距離でにらみ合う形になった。
「おまえだって乗り気だったじゃねーか!」
「きさまが悪い! ぼくの口から言えるかそんなこと!」
「しょーがねえだろ、覚えてないんだから!」
「なら少しは思い出す努力をしたらどうだ!?」
「してるからわざわざ来たんだろーがっ、こんな夜更けに!」
 あたるが言い返すと、面堂の腕からふっと力が抜けた。ぽす、と面堂の手首がシーツの上に落ちる。
「面堂?」
「それもそうだな……」
 表情こそ不機嫌なそれのままだったが、まとう雰囲気が和らいでいる。
「……その……胸、の」
「え?」
「~~っ、なななんでもないっ、忘れろ!!」
 面堂は真っ赤になって慌てているが、なんでもないわけがないのは見ればわかる。少々唐突だったので理解するまで一拍間があったが、あたるは手首を放して面堂の胸板を撫でた。
「胸の、なに? どこ?」
「だからっ、なんでもないと言ってるだろう!」
 面堂の言うことはとりあえず無視して、布越しにゆっくり撫で回す。そうするうちに、小さな粒が指に引っかかった。
「んっ……」
 ぴくんと面堂の身体が跳ねる。同時に、面堂の頬がますます赤くなった。
「お、もしかしてこれか?」
「……」
「へえ。ちくび、感じるんだな」
「わっ悪いか!?」
「誰も悪いなんて言ってないだろ」
 シャツの上から人差し指ですりすりと撫でさする。はじめのうちは柔らかかったが、円を描くように押し潰して刺激するうちに段々と固くなってきた。つんと上を向く乳首をかりかりと優しく爪で引っ掻いてみる。面堂の唇が小さく震えた。
「なあ、直接さわってほしい?」
 あたるは面堂に微笑みかける。面堂はそんなあたるを少し困ったような顔で見上げている。
「めーんどう。ほら、どうなんだ?」
「っあ……」
 じらすように指先で周囲をくるりと一周し、触れるか触れないかの力加減で先をとんとん叩く。続けるうちに、期待ともどかしさで面堂の瞳が熱っぽく潤んできた。
「…っ、ぅ……さ、わってほしい…」
 面堂は消え入りそうな声で言う。もう少し粘るかと思っていたが、快感にはあまり逆らえないらしい。
 これ、けっこう面白いかもな、とあたるは思い始めていた。正直に言えば、今この状況でも面堂の身体に性的魅力を感じているとは言い難い。だが、それはそれとして、こうして面堂を困らせるのは楽しいし、面堂の反応そのものも別に嫌ではない。
 あたるは面堂のシャツに手をかけて、こっちのボタンもさっさと外していった。シャツの合わせを開き、素肌に触れる。面堂の乳首は薄紅色だった。乳房こそないが、エロ本で見た女性のそれと色は一緒だ。ついでに、こっちは写真と違って実際にさわれる。
 試しにつまんできゅっと力を入れてみると、面堂の喉がひくりとひきつった。
「……~ッ、ぅ」
 そのまま左右に倒すだけで、ぴくんぴくんと肩が小さく跳ねる。
「おまえすげー弱いのな、ここ」
「やかましいっ、元はといえばおまえが……!」
「え、おれ?」
 きょとんとして指を止める。面堂は、要らんことを言ってしまった、というような表情を浮かべた。
「っ、ぼくだって最初は……おまえが毎回しつこく弄り回すから……」
「ふーん? おれのせいでそうなったわけか」
 にまりと笑って、淡く色づいた部分を口に含む。軽く吸い上げながら舌の先でねっとりと転がすと、面堂がかすかに身をよじった。
「…は……、ぁ…」
 熱を帯びた吐息。少し力を入れて反対側をつねれば、面堂が息をのむ気配が伝わってくる。そうして軽い痛みを与えておいてから、今度は宥めるように優しく撫でる。下から上に、あるいは周囲をくるりと一周し、ゆっくり指先で形をなぞっていった。羽根でくすぐるような触り方は、面堂の身体からぞくぞくと快感を引き出していくようだった。
「ぅ、もろぼし……」
「ん……なんだよ?」
 ちゅ、と音を立てて乳首から唇を離す。
「……もう、そこは、いいから。やめてくれ」
 面堂は、恥ずかしそうに横を向いている。まだ序の口だろ、と言い返そうかと思ったが、ふと真っ赤になった耳が目に入った。
 確かに、このまま乳首を弄り続けて面堂を困らせるのも面白いだろうが。
 あたるは、今度は面堂の顔の方に屈み込んで耳にキスをした。面堂の身体がびくっと跳ねたが、それを無視してわざと吐息と一緒に甘い声を耳に注ぎ込む。
「なんで? すげー気持ちよさそうなのに」
「やっ……」
 面堂がぞくりと身体を震わせる。
「や、だ…そこで、喋るな……」
「さっき、おれがいつも耳舐めてたって言ったよな」
「ん……っ」
 耳朶を甘噛みし、唾液を絡ませるようにねっとり舐める。そのまま唇を上に滑らせて耳殻を優しく口に含んでやわやわと刺激するだけで、面堂は小さく声を漏らした。徐々に内側に舌先を滑らせて、形を確かめるように全体を丁寧になぞっていく。そして耳孔の縁を舌で軽くつついてから、ぬるりと中に侵入した。びくりと震えて面堂が逃げようと身体をよじるが、それを押さえ、くちゅくちゅと音を立てて抜き差しを繰り返していく。
「ひぅ…それっ、や、やめ……」
「やだ、やめてやんない」
「っ、ぅう~…っ…」
 面堂は、舐められる感覚よりも、音のほうに参っているようだった。はじめのうちは「やめろ」「はなせ」ともがいていたが、あたるに譲る気がないと悟ってからはおとなしくなった。時折びくびくと小さく痙攣しながら、されるがままになっている。
 あたるの膝に当たる固い感触。それが何かくらい、同じ男として容易に察しは付く。そしてあたる自身、ここまでの行為でだんだんと興奮を覚えているようで、ゆるく勃ち上がり始めていた。
 はやく、先がほしい。
「面堂……ここから先は?」
「ひ……!」
 制服を押し上げているふくらみを下から上にするりと撫でると、面堂の身体がびくんと大きく反応した。
「あっ…、ぁ、諸星……っ」
 ぴくっぴくっと跳ねる先端を布の上からくりくりと指先でくすぐる。面堂は刺激から逃れようと腰を引きかけるが、あたるはそれを許さなかった。
「面堂。言ってくれないとわからない」
「うあっ……」
 耳元で、少し声を低めて囁きかけるだけで、面堂の体からくたりと力が抜けていく。あたるが改めて面堂の上に覆いかぶさると、面堂があたるの長袖の裾をぎゅっと掴んだ。
「っ、諸星……ほんとに、やる気か? この先も……」
 この期に及んで、面堂は妙に不安げな表情であたるを見上げている。
「何だよ、その顔。別に初めてじゃないんだろ?」
「う、まあ、そうなのだが……」
「い〜から、はやく教えろよ。こっからどうすんだよっ?」
 イライラしながら促すが、それでも面堂の態度は煮え切らないまま。
「ちょっと待て、まだ心の準備が……」
「あ゛〜〜もう、ほんっとに往生際の悪いやつだな、おのれは〜!」
 いつかどこかでほとんど同じやり取りをしたような気がする。あたるは痺れを切らし、面堂のベルトを外して一気に引き抜いた。
「要するに、ソコにいれちゃえばいいんだろ」
「まて諸星、いきなりは……!」
 面堂は慌ててあたるを止めた。そしてついに腹をくくったらしい面堂は、あたるの腕を握って言った。
「ぼくが準備する、から……少し待ってろ……」

 暫く後、あたるはベッドの縁に腰かけて、面堂を見下ろしていた。二人共、服はすでに脱ぎ去っているので、お互いを隔てるものは何もない。
 招かれざる客であったはずの自分の前に、部屋の主が床に膝をついている、というのは、どこか奇妙な光景だった。しかも、あの女たらしの面堂があたるの足の付け根に顔をうずめて、懸命にあたるのものを咥えているとなればなおさらだった。
 面堂の口の中は熱くて溶けてしまいそうだった。そして、迷いなく確実にあたるの好きなところを舌先がくすぐる。雁首の括れを舌がなぞると、あたるもぴくんと太腿を強張らせて声を零してしまう。裏筋を根元から先まで舐められ、先端を優しく吸われたときには、ぞくぞくと熱いものが背筋を走った。
「あ……面堂……っ」
「ふ……、ぅ」
 面堂のほうも、時折目を細めて小さく声を上げる。ゆるゆると後ろで動かされる指の動きに合わせて、ぴくんと腰が跳ねている。「んっ」と少し大きな声をこぼして切なげに瞼を閉じるときには、口淫の動きも一時的に止まった。その様子を見ているうちに興味を惹かれて、思わずあたるはこう問いかけていた。
「……そこ、そんなに気持ちいいのか?」
 面堂はあたるを見上げた。上気した頬、潤んだ黒い瞳、てらてらと唾液に濡れ光る形の良い唇。その奥に咥え込まれていたものがゆっくり引き出されて姿を見せていく。最後に赤い舌が、名残を惜しむようにちろりと括れを舐めていって、あたるは思わず身体を強張らせる。気を抜いたらこんなことで達してしまいそうだった。
 はぁ、と面堂は熱い吐息をこぼし、ひと心地ついてからあたるの質問に律儀に答えた。
「そう、だな……嫌ではない、と思う」
 それからまた口淫に戻ろうとする面堂を、あたるは肩を押してとどめた。面堂は首を傾げる。
「諸星、どうした……?」
 あたるは面堂の腕を引いて、ベッドの上に引き込んでそのまままた押し倒す。面堂の顔の横に手をつき、上体を屈ませ顔を近付け、欲情を隠さない声色で耳元に囁きかけた。
「面堂……もう、挿れていい?」
 面堂は、ぼんやりとした、どこか夢見るような顔つきで、あたるの頬をするりと指先で撫でる。
「ぼくも、はやくほしい…」
 その言葉に、心臓が甘く疼いた。おねだりされるのって、結構クるものがある。
 あたるは、面堂の太腿を左右に割って、足を開かせる。面堂のものは完全に勃ち上がって、鈴口から透明な液体が音もなく流れて下に伝っていた。男の性器を見て喜ぶ趣味は自分にはないはずだが、面堂はあたるへの奉仕のなかに快感を見出してこうなったのだと思うと、ぞくぞくするような興奮が腰を走り抜けた。
 ローションでとろとろになっているそこに先をあてがい、ぐっと力をこめる。ずぷ、と先端がそこに呑み込まれた瞬間、その身を走り抜けた快感の強さにあたるは思わず身震いした。
 そして、この場所がこのような目的で使われるのは初めてではないと、今のあたるにも感覚でわかった。この場所はこちらの形に合わせるように、あたるによく馴染んでいるようだった。
 記憶を失う前の自分は、それほどまでに、繰り返し繰り返しこの男を抱いたに違いなかった。
 あたるは、そんな過去の自分を意外に感じた。確かに、快感に喘ぐ面堂を見ていると、なんとも言えずむらむらと欲が昂ぶってくるのは否定できない。けれども、かわいげのない男相手に自分がそこまで夢中になるなんて、なんとなく信じられない気持ちがした。
「…っ、諸星……!」
 面堂が、急かすように呼びかける。あたるは我に返って、ひとまず目の前のことに集中することにした。面堂の腰を掴みながら、ゆっくりと身を沈めていく。ぐっと深く入っていくと、不意に面堂が歯を食いしばった。痛いのだろうか、と思いあたるが動きを止めると、面堂は吐息を抑えながらささやいた。
「痛いわけじゃない、から……止めなくていい」
 こちらの思考を見透かされ、あたるは少し照れくさくなった。別にそんなつもりじゃなかった、と言い返そうかとも思ったが、ここで喧嘩してセックスが流れたとしたら辛いのはおそらくあたるの方である。黙って先を進める。
 面堂の身体は、時折ぴくりと跳ね、緊張することもあったが、あまり抵抗なくあたるを受け入れていった。こうなるまでに、面堂は何度あたるに身体を許したのだろう、そう思ってしまうほどだった。最後に根元までぬるりと一気に挿れると、面堂は眉を寄せて小さく声を上げた。
「あ…っ」
「っ、これ、で、ぜんぶ……」
「ん……わかってる……」
「はぁ…うごいて、いい?」
「いいから、はやく……っ」
 もどかしげに急かされ、あたるは少しずつ腰を前後に揺らし始める。
「…っ…、ふ……」
「あ、これ、すげ……」
 吸い付くようにぴったりと包まれ、動くと全体が強くしごき上げられる。手で触るよりもはるかに強烈な快感に鳥肌が立った。確かに、この気持ちよさは癖になるのもわかる気がした。
 少しして動きや感覚に慣れてくると、徐々にあたるにも余裕が生まれて、周囲の状況に注意を向けられるようになってきた。あたるは抜き差しを繰り返しながら、組み敷いている面堂の様子を観察する。面堂は気持ち良さそうに時折目を細めて息を詰め、あたるの動きに反応している。だが、どこか物足りないという表情をしていることにあたるは気づいた。
「ひょっとして、いつもとなんか違ってる?」
「……いや、だいじょうぶだ」
 だが、面堂には素直に口を割る気がないらしい。さらりと嘘をついて、何食わぬ顔をしている。あたるはかすかに唇を尖らせた。
 面堂は、意地っ張りでプライドが高くて、実にひねくれている。おまけに絶望的に往生際が悪い。そんな面堂が、いわば自分の弱みとも言える性感帯をあたる相手に簡単に打ち明けるわけがないのだ。
 もちろん、やり方を間違えれば、の話だが。
 あたるは微笑み、面堂の鎖骨を指先ですすっとなぞりながら尋ねた。
「なあ、面堂……ほんとは、おれにどうしてほしい?」
 女の子を口説くときにしか使わない甘ったるい声。面堂はぴくりと肩をこわばらせて少し落ち着きを失い、目を泳がせる。
「え、と……」
「どうされるのが好き? おれ、わかんないから……おまえが教えて」
「あ……」
 耳に息を吹きかけるように囁くと、面堂の身体がぞくりと震える。そうしてたまらない様子で目を閉じ熱をやり過ごしている面堂を見ているうちに、あたるも少しどきどきしてきた。
 ゆるく小刻みに動きながら微弱な快感を絶え間なく面堂に与える。もどかしそうに面堂の腰が揺れるが、それも求める快楽とは違うようで、余計に辛そうな顔をしていた。こうなれば、落ちてくるまであと少し。あたるは、なだめすかすように優しい声音で同じ質問を繰り返した。どうしてほしい、何をされたい。時間を置いて、何度も何度も。そうすれば最も望むことをその度に想像せざるを得なくなり、弥が上にも期待が高まり身体は熱を帯びてくる。面堂はついに耐え難いまでに形を持った誘惑に負け、口を開いた。
「は…ぁ、今より、もうすこし、浅いところ……」
「このへん?」
「ん……それで、おまえから見て、すこし右に……」
「こう?」
「あ、〜〜ッ!」
 びく、と面堂の腰が跳ね、きゅっと瞑った面堂のまなじりから涙がひと粒こぼれた。あたるはその雫を舌で舐め取り、ゆるく口角を上げる。
「……なるほど、ここが好きなんだ?」
「っあ、ちょ、っと待…っ」
 面堂の制止も無視して、あたるは同じ場所を狙って何度も中に押し入っていく。そのたびに面堂の太腿は小さく跳ね、抑えた声が漏れた。今までより明らかに反応がいい。
「ふ、…んッ、んんっ…」
 それでも面堂は、口許にゆるく握った拳を当てながら懸命に声を押し殺そうと試みている。その様子を見ているうちに、不意に思い当たった。面堂はさっき、痛いわけじゃない、と言った。気持ちよかったのだ。それならべつに我慢しなくていいのに、とあたるは思うが、本人の性格を考慮すると話し合うより直接身体に教えたほうが早そうだった。
 ということで、あたるは学んだばかりの面堂の弱点を執拗に責め始めた。たっぷり塗ったローションが、動きに合わせてくちくちと音を立てる。突きながら擦り上げ、先端でとんとんと優しくつつき、時折身体を倒して強めに押し込むように腰を揺すぶる。そうするうちに抑えた吐息やかすかな呻きのなかに甘い喘ぎが混じり始め、繰り返し責める内にその割合がじわじわと増えていくのだった。少し追い立てる動きを緩めて油断させてから、不意打ちのようにぐりっと抉るように突くと、面堂は控えめながら今までで一番いい声を上げた。
「ッく、ああ……!」
 あたるは唇を舐め、口の端をかすかに持ち上げる。この機を逃す手はないので、あたるは畳み掛けるように同じ責めを繰り返していく。絶え間ない快感にまとまった思考を阻害され、面堂はもう声を抑えることを忘れたようだ。恍惚とした表情を見れば、今は面堂もあたると同じくらい快楽にとろけて夢中になっているのがよくわかった。
 あたるがじっと見つめていると、やがて面堂がその視線に気づいた。はっと我に返ったように顔色を変え、面堂は腕を上げて自分の顔を覆い隠してしまう。あたるは腰を止め、咎めるように声を低めた。
「だめ、顔隠すな。ちゃんと見せろよ」
「っ、いやだ……」
 面堂は言うことを聞かない。仕方ないので腕をぐっと引いて無理矢理引き剥がした。面堂はなおも顔を背けて掠れた声で言った。
「やだ……、みるな」
「なんで」
 不機嫌を隠さない声色で問う。有無を言わさぬ圧力の籠もった声だったが、面堂はそれでも黙っている。あたるがもう一度繰り返すと、面堂はやっと口を開いた。
「だって、今のおまえは……嫌じゃないのか、こんな、おとこが……」
 浅く呼吸をしながら、面堂はかすかに震える声で言った。答えを聞くのが怖くてたまらないという顔だった。そして怖いからこそこれ以上自分を見失わないように、必死に快楽を意識から追い出そうとしている。そのくせあたるが与える快楽にとろとろに溶かされて、本当はどうしようもなくもっと欲しがっているのがよくわかる表情だった。
 ぞくりと体の中心が疼く。
「……おれも正直、どうして可愛い女の子じゃなくて、おまえみたいな可愛げのない男と付き合っとるのか不思議だったんだが」
「っ、……だろう、な」
「今わかった。これは、たしかに、そそるわ」
「え、……あっ!?」
 びくっ、と面堂の身体が怯えるように跳ねた。あたるが突然動きを再開したからだ。しかも前より速く激しく突き上げ始めていた。
「やっ…やだっ、もろぼし、っん、そんな強く……っ」
「いいからじっと…っこら、おとなしくしろよ」
 自分の許容量を超えた快感を次々叩き込まれ、面堂は無意識にそれから逃げ出そうとする仕草をした。身をよじり、シーツに手をついて必死に腰を遠ざける。だが、あたるは面堂の足を掴んでそれを無理やりおしとどめた。足を高く上げさせ、かえってより深くまで貫くと、面堂は一際艶めいた声を上げて喉を反らした。
「うああぁ…っ!!」
 いい反応だな、とあたるは思う。晒された首筋に、誘われるように顔を埋める。白い素肌を舐めて、がり、と強めに噛み付いた。
「ッい……!」
 面堂がびくりと喉を引きつらせる。だがその痛みすら気持ちいいのか、中がきゅうっと締まって、たまらずあたるも小さく声をこぼした。コイツさてはマゾだな、本人に自覚はなさそうだが。
 くっきり赤く残った歯型に満足して、慈しむように痕に沿って舐めあげる。かすかな鉄の味にあたるはうっとりと目を細めた。まあ、さすがに後で怒られそうだが、やってしまったものは仕方ない。少し加減してまた別の場所に歯を立てる。そのたびに中はきゅうきゅうと締まって気持ちが良い。
 奥深くまで貫いては入口付近まで戻り、また面堂の感じる箇所をぐりっと抉りながら一気に奥まで侵入していく。ぐちゅぐちゅと一定のリズムで繰り返される卑猥な水音に、面堂の泣き言に近い喘ぎが重なった。
「もろぼしっ、諸星…、あ、あ、そんなっ奥…っや、むり、あっ、もろぼし、ぁ、あ、むりだ、やめ…っ」
「や〜だ。はぁ…、もっとおまえが、ん、はしたなくよがるとこ…見せて」
「何言っ、て……ひ、あ、」
 面堂は必死に快楽を意識下に抑え込もうと虚しい抵抗をした末に、ビクッと大きく痙攣した。
「ぁああ…――ッ!!」
 全身を甘く溶かすような快楽にさらわれ、かといってそれに素直に身を任せることもできず、面堂は快感と自制心の狭間でぐちゃぐちゃになって泣いていた。なんて情けない有様だろう。昼間のご立派な優等生とは似ても似つかぬ醜態に、得も言われぬ興奮がぞくぞくと背筋を走る。
「あ〜…いい顔するな、ほんと。たまらない…」
 あたるは目を細めて口の端を持ち上げながら、横を向いていた面堂の顎を捉え、自分の方に無理矢理向かせる。面堂はそんなあたるを涙目で非難がましく見上げた。
「どうしてそう…っあ…! ふ……悪趣味な…っ、ところは、…くッ、変わってないんだ!」
「それで喜んでるおまえも相当な悪食だろ」
「うるさい……!」
「それより、おまえ今出さずにイったよな?」
「うあっ……待、いまっ、今は…っひう!」
 イッたばかりの敏感な身体を容赦なく揺すぶり、その過敏な反応を楽しむ。
「オトコでも中イキってするんだな〜。知らなかった」
「あぁ、っあ、は、あっやだ、あッ」
「ナカだと…、ん、女の子みたいに連続でイけたりすんの?」
「くっあ、うあっ、ひ、んぁあ…ッ」
「面堂。面堂、聞いてる?」
 面堂はあたるの呼びかけに反応しなかった。とめどない快楽に完全に絡め取られ、恥も外聞もなく泣き喚いていた。あまりにも強い快楽はもはや精神にとっては劇薬に近い。頭の中を隅から隅まで快感で塗り潰されて、いま自分が何をしていて、何がどうなっているのか、そんなことさえもうわからなくなっているように見えた。
 あたるは少し考えてから、面堂の頬に手を伸ばした。
「面堂、こっち見て」
 軽く叩くように何度か頬に触れると、面堂はようやくわずかに正気付いて、潤んだ瞳を力なくあたるに向ける。そして不意にはっとして目を大きく見開くと、きまり悪そうに視線をそらした。それを確認してから、あたるはまた面堂をゆっくり追い詰め始めた。面堂が我を失わない程度に加減しながら、最も感じるところを狙って、奥のある一点を繰り返しノックする。とん、とん、とん、とん、と一定のリズムで優しく叩いていると、面堂の腰がそのたびに小さく跳ねた。
「あっ…ぁ、よせ…そ、んな、そこばっか、り…、や、だめ、イ……」
 面堂はシーツをしわくちゃになるくらいぎゅうっと握り、ビクビクと身体を痙攣させる。
「ふあぁあッ……!!」
「あ〜あ……またイっちゃった。ついさっきイったばっかなのに」
 耳許に唇を寄せ、笑い交じりに囁くと、面堂は耳まで赤くなった。そのくせ面堂の身体はあたるの揶揄にいやらしく反応し、より奥へと誘うような動きを見せる。それが信じられないくらい気持ちよくて、だから余計に意地の悪い言葉を投げてやりたくなった。
「こんなえろい身体しといて、よく涼しい顔で女の子口説けるよな。絶対おまえのほうが女の子より感じやすいだろ」
「だれの、せいで…んッ、こうなったと」
「へえ、誰のせいだろ? おれ、なにも覚えてないからな〜。知ってるならおまえが教えてくれるか?」
 にっこり笑いながらつとめて無邪気な声色でいうと、面堂はきつい目であたるを睨みつけた。
「いつか、絶対に殺してやる……っ!!」
「やれるもんなら、いつでもどーぞ」
 あたるは微笑んだ。そしてどういうわけだか、面堂が口にした言葉の中で、今のが一番ぞくぞくするほど興奮した。
 それからもあたるは面堂の身体をじっくりと味わった。何度もイかせて、何度も泣かせて、キスをして舌を絡めた。他のことは何もかも霞んで眼の前の快楽のことしか考えられなくて、花びらが一枚一枚はらはらと落ちるように余計な思考が消えていく。理性も企みも見栄も意地も、このひとときを邪魔するものはみんな熱の前に溶けて流れて、ひどく単純な欲求ばかりが残された。そしてそれは単純であるがゆえに、身を切るような鋭さと鮮烈さをもってあたるを捕らえていた。
「は、ぁ、めんどう、めんどう……」
 あたるはどこか縋るように、沸き立つ欲に溺れながら彼の名前を繰り返し呼んだ。そうせずにはいられなかった。それ以外の言葉はみんなどこか遠くに置いてきてしまったようだった。胸の中が苦しいくらいいっぱいで、溢れる前にこうして吐き出さないと、破れてきっとばらばらになってしまう。
「面堂……」
 ぬぷぬぷと卑猥な水音が乱れた呼吸と重なる。際限なく燃え上がる欲にくらくらした。面堂を弄んで遊ぶどころか、面堂の状態に配慮することもできず、自分の快感をひたすら追い求め、一方的に快楽を相手の身体から摘み取った。だが、あたるの獣じみた欲望に面堂はかえって強く反応し、夢中になって一層甘い声で喘いでいた。あたるが時間をかけて面堂の肉体にこの類いの悦びを教え込んだのか、元々面堂にそういう嗜好が備わっていたのかは判然としない。それがもどかしかった。前者ならいいのに、と頭の片隅で考える。
 高まるばかりの情欲を目の前の男にひたすらぶつけていくうちに、身体全体が熱に浮かされたようにぞくぞくしてくる。下半身の一点に集中する凶悪なまでの熱が、解放を求めて暴れている。まだ終わらせたくない、とその欲求を跳ね除け続けて歯を食いしばっていたが、細胞の一つ一つに刻み込まれた雄の本能があたるを圧倒し始め、目の裏が赤くちかちかしてきた。
「あ、やばい…いき、そ……」
 はぁはぁと荒く呼吸する合間に掠れた声で告げると、重ねた面堂の指にくっと力が入って、ねだるように指を絡めた。たったそれだけのことであたるは一瞬上り詰めてしまいそうになり、懸命に衝動をこらえた。
 こめかみを汗がつたい、ぽたりと面堂の上に落ちる。そのかすかな衝撃すら今の面堂は敏感に感じ取って、小さく喘いだ。面堂のほうも、限界が近いのだ。それを悟るとあたるはこくりと唾を飲みこみ、乱れる息を抑えて面堂に言った。
「面堂……、おれの顔見ながらイってよ」
 面堂は泣きながら必死に首を振る。
「ッん、いや…だ、できるわけが…」
「めんどう……おねがい」
 猫が甘えるように、あたるは面堂に頬をすり寄せた。んぅ、と甘い声が間近で漏れ聞こえて、あたるは胸が一杯になる。そして絡めたままの両手をぐっとシーツに押し付け、奥深くを容赦なく突き上げ続けた。面堂は声にならない悲鳴を上げてあたるの指をぎゅっと握りしめる。しかしまだこちらを見てはくれない。
 あたるはずっと、面堂に自分を見てほしいと思っていたのに。
 あたるは、暴力的なまでの快楽に身悶えて喘ぐ面堂を熱っぽく見下ろしながら、もう一度切々と訴えた。
「いま、おまえを犯してるのが、誰なのか、おまえをぐちゃぐちゃにして、気持ちよくさせてるのが、誰なのか、見ながらイって……面堂」
 面堂は少しの間苦しげに目を瞑って、それから涙に濡れた瞳をあたるに向けた。視線が絡み合う。そして面堂は不意に眉を寄せて、がくがく身体を震わせながら深く絶頂に達した。
「ぁ、…――っっ!!」
 ビクッ、ビクッ、と面堂の全身が跳ねるたびに、面堂の陰茎から白濁が飛び出して腹を汚していく。その間も、面堂は半ば忘我の状態であたるを見上げて、あたるだけを見ていた。強烈な快楽に意識の大部分を侵され、他のことを考える余地なんかほとんどないだろうに。絶頂を迎えた自分の顔を見せるのは、面堂にとってはおそらく恥辱であって、かなりの抵抗があるだろうに。それでも必死にあたるに焦点を合わせ、あたるの視線を感じて、一生懸命見つめている。あたるが自分を犯し、あたるが自分をぐちゃぐちゃにして、あたるが自分を気持ちよくさせていることを、否応なく意識しながら。
 本当はこんなことしたくはないんだろう。でも、あたるがそうして欲しいと言ったから、面堂はそれに逆らえなかったのだ。今、あたるは面堂の身体も心も余すところなく全て支配している。そのことに心の底からどうしようもないほど興奮してしまって、誘うように収縮している内部へ無我夢中で射精した。なるべく奥深くまで届くよう、あたるはぐいと腰を更に強く押し付ける。面堂は悲鳴にも似た嬌声をあげた。張り詰めたそれが脈動するたび、びゅる、びゅく、と雄の証が勢いよく放たれていく。面堂のなかに、おれの、精液が。あたるはたまらず熱い溜め息をこぼした。高みにあるものを引きずり下ろしたとき、綺麗なものを汚したときに感じるあの独特の昂揚と目もくらむような快感に、心置きなく浸る。
 面堂が、情欲にとろけた表情のまま、あつい、と呟いた。ちょっと前まできちんと整えられていた髪は見る影もなく乱れ、こぼれた前髪が汗で額に張り付いていた。ぐしゃぐしゃで、みっともない姿。でも、小綺麗なすました顔よりこっちの方がずっと良い。
 いまだ収まらぬ絶頂の快楽に身体をわななかせている面堂に、あたるはとびきり優しいキスをし、かわいい、と一言ささやいた。

 ぐったりして動けなくなった面堂に「水が欲しい」と言われて、あたるはミネラルウォーターの瓶とグラスを二つ取ってきた。面堂の部屋には、ここで一人暮らしでもする気なのかと訊きたくなるくらい衣食住に必要なものが揃っている。だから、わざわざ廊下まで出ていかなくてもお茶も淹れられるしシャワーも浴びられるしなんなら軽食も作れるくらいだった。もちろん、食材さえあればのはなしだが。
 ミネラルウォーターの瓶を開けて、見るからにお高そうな輝くグラスに水を注いで差し出す。面堂はのろのろとシーツから身を起こしてそれを受け取った。あたるも自分の分を注いで一気に飲み干す。それだけでは足りずにもう一杯注ぐ。そこで視線を感じて顔を上げると、面堂も二杯目がほしそうな目をしていたので、もう一度同じ動作を繰り返した。
 人心地ついてグラスをサイドボードに置いたとき、「今日はどうする」と面堂が尋ねた。
「帰るか、泊まるか」
 無駄な言葉の含まれない問いは、それが何度となく繰り返されたやり取りであることを暗に物語っていた。
 あたるは面堂の隣りに身体を滑り込ませて、ぱたりと身を横たえる。
「泊まってく……」
「そうか」
 横になった途端、どこからともなく眠気が霧のようにまつわりついてきて、あたるは小さく欠伸をした。でも、ここですぐ眠るつもりはなかった。あたるが目をこすっていると、面堂がちょっと不思議そうに首を傾げた。
「どうした、眠いんだろう。明日は早く起こすつもりだし、無理せず寝ればよかろうに」
 あたるはそう言われてもまだ少しためらっていた。しかし、やがて意を決して口を開いた。
「おれたちって、いつもこうやってセックスしてたんだよな?」
「なにか思い出したのか?」
「いや、そういうわけではないのだが……」
「なんだ、勿体ぶらずにとっとと言え」
 面堂は眉を寄せてあたるを睨んだ。居丈高な態度。さっき垣間見せた弱々しさはすっかりどこかに消えている。
「つまり、なんというか……夢におまえが出てきて……」
「へ?」
「だから、おまえとヤッてる夢見るんだよっ! それも何回も! 仲良くもない男とやる夢ばっか見るなんて倒錯願望でもあるのかっておれもけっこう悩むくらいで」
 言いにくい部分を勢い任せに一気に言い切ると、あたるは少しホッとした。
「だから、おまえの顔まともに見れなかったし……その、おまえに当たったり、とかも」
 できれば聞こえなければいいと思って、後半の部分は小さな声でぼそぼそと言った。
 残念ながら、面堂はしっかり聞き取って目を丸くした。
「今朝のあれは、まさかそういうことだったのか」
「……」
 あたるが目を逸らしながら黙っていると、面堂は呆れたように大きくため息をついた。
「確かに以前から、子どもみたいなことをするやつだとは思ってたが……」
「悪かったな、ガキみたいで!」
 あたるは反対側に寝ころんで面堂に背を向けた。
「ひょっとしたらあれ、前の記憶なんじゃないかと思ったんだよ! ええい、訊いて損した!」
 頬が熱い。今自分がどんな顔をしているか想像もしたくない。そして自分がこんな状態にあることを面堂には死んでも気付かれたくなくて、あたるは隅に追いやられていた掛布団を引っ掴むと頭まですっぽり被った。すると面堂がくすくす笑う声が聞こえて、いよいよきまりが悪い。あたるは布団に隠れたまま不機嫌な声を出す。
「何笑ってんだよ!」
「ふっ、いや、だってそんな……ふふ、ほんとに子どもみたいに……」
 あたるが怒るほど面堂は更に面白がって声を上げて笑う。あたるの方はというと、ちっとも面白くないのだが。すっかりヘソを曲げてそのまま黙りこむと、面堂がするりとシーツの上を滑る気配がした。面堂は掛布団の上からあたるにそっとしなだれかかった。
「諸星……どんな夢だったか、ぼくに教えてくれないか?」
 からかう声色ではなかった。というより、明らかにある種の含みのある甘い声だった。
「きみの夢の中で、ぼくたちは、どんなことをしていた?」
「……」
 もそりと顔を出すと、悪戯っぽい目つきでこちらを見ている面堂と目があった。口元には、普段女の子を真っ赤にさせるとっておきの微笑みなんか浮かべて。でも、あたるはまだ不貞腐れていた。
「本当に知りたいのかよ、笑ったくせに」
「知りたい。できれば、今すぐ」
 面堂はそう言ってあたるの頬をなでて、唇を重ねた。ちゅ、ちゅ、と小さく音を立てて優しく降り注ぐキス。不貞腐れていられるのもそこまでだった。あたるは面堂の項に手を添え、そのまま深く口付ける。舌を絡めて口内を荒らしているうちに身体はまた熱くなり、あたるはたまらず面堂を押し倒した。黒い瞳はまだ面白がるようにきらりと光っていた。そのすかした態度が憎らしくて、しかしその余裕を剥ぎ取ったときのことを想像すると胸が苦しくなるくらいに興奮した。心臓はどきどきと脈打ち、欲望に沸く血液を全身に送り出す。
 まだ全然足りない。こんな少しでは、こいつを喰らい尽くすには十分じゃない。喰って喰って喰らい続けて、欠片一つ残らないくらい何もかも奪って貪って呑み込んでしまいたかった。
 その衝動は、あたるには見えない大きな力となって、あたるという存在を圧倒し、奥底に隠されていたはずの、心の根源的な部分を痛いほどに震わせた。
 そしてあたるはそれを感じてはじめて、記憶を失う前の自分のことを本当の意味で理解した。