03 Prey

「面堂、やばくなったら枕使って声消せよ」
「ん……」
 あたるは面堂のそこに亀頭を押し付けて、ゆっくりと腰を近づけていく。自分の中に熱いものが押し入ってくる感覚に、面堂はぞくぞくしながら白い布をぎゅうっと握りしめ、歯を食いしばった。
「っふ、〜〜〜ッ…♡♡」
「がまんできたな、えらいえらい」
 全て入ったところで、あたるは面堂の頭をよしよしと撫でた。ばかにするな無礼者と叫びたいのは山々だったが、今口を開いたら罵詈雑言の代わりになさけない喘ぎ声が飛び出しそうで何も言えなかった。俯いたまま荒い呼吸を繰り返す。
「…っ、はぁ……は…」
「そろそろ動くぞ、大声出すなよ」
「く、…っ……!」
 あたるが、なかで少しずつ動き始める。内部を固いものでこすりあげられる感覚に、言葉にしがたい快感が生まれて、面堂は慌てて歯を食いしばった。
 たしかに面堂は普段のセックスでもあまり声を出さない方だった。自分が感じている情けない声など、他人に聞かせたいと思うわけがない。だから面堂は、気持ちが良くて声を出したくなるときでも、なるべく我慢するようにしてきた。
 でも、こうして挿入されているときには我慢できないことの方が多かったし、できなかったところでただ面堂が恥ずかしい思いをするだけで、なにか問題があるわけでもなかったのだ。
 もし今、いつものように我慢できずにあられもない声が出たら、あたるとの関係が考えられ得る限りでも一番最悪の形であの二人にバレる。そんな悲惨なことになるくらいなら潔く死ぬほうがマシで、死ぬくらいなら今頑張って声を我慢したほうがマシである。
 あたるの動きは緩やかなものから始まった。形を馴染ませるようにゆっくりとした小さなストロークで少しずつ内部を押し拡げて、それが済むとだんだんと大きく動くようになってくる。だから最初のうちはまだ声を抑えるのにもそこまで苦労しなかったが、あたるが奥まで貫き始めるにつれて面堂も余裕をなくしていった。ぎりぎりまで抜けてはまたずぷりと中を突きあげてくる動きに身体は嫌になるほど従順に反応する。
 面堂は気持ちよくてたまらなかった。あたるのそれが弱いところを突くたびに、頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなる。そしてつい声を上げそうになる自分を必死に押さえ込んで、なんとか理性にしがみついていた。
 甘い疼きはしきりに面堂を誘惑する。この快感に身を任せてしまえばもっと気持ちよくなれる、我慢なんかやめてしまえ。頭の片隅でそう囁く声を何度となく振り払い、唇を噛んだ。それの言うことを聞いてしまえば何もかもおしまいだ。
 面堂は額を枕にこすりつけるように項垂れながら、ともすれば身体の支配権を奪い取ろうとする快感に逆らい続けた。
「へ〜、おまえマジでがんばるなぁ」
「……っ、ぅ」
「すぐ泣きつくと思ったのに」
「だれが……きさまなんかにっ」
 ともすれば荒くなる吐息をなんとか抑えこみながら、面堂は意地を張って言い返した。
「ふ〜ん……まだそーゆーこと言う余裕あるわけだ」
 あたるは目を細めてにまりと笑う。
「じゃ、これはどーだ?」
「えっ……?」
 ひたりと前立腺のわずかな膨らみの手前に切っ先を当てると、あたるはそのまま膨らみをぎゅうっと押し込むようにして強くこすり上げた。
「くあ…っ!?」
 瞼の裏がチカチカするほど気持ちよくて、面堂は咄嗟に口元を手のひらで覆ってそれに耐えた。
「んぅうう〜…ッ! ふ、ぅ……っ」
 腰の奥から痺れるような快感がゾクゾクと背筋を這い登る。同時に、こぼれた声がやや大きかったことにひやりと冷たいものを感じた。
「お、たえた? んじゃ次はこ〜んなかんじで……」
「なっ、ちょっ…!?」
 今度は前立腺のあたりを小刻みに責めながら、するりと両手を伸ばして面堂の乳首をきゅっとつまんで、くりくりと弄り始めた。その甘い刺激で、達したばかりの身体は簡単に快感を受け入れ、気を取り直す間もなく二度目の絶頂に向かう。
「ひ、っや、ぅあッ、―〜〜っ…!?!♡♡」
 痺れるような甘ったるい快感に再び全身が支配された。むりやり声を抑え込むために、今度は息を止めてなんとか快感をやり過ごしていく。呼吸できない苦しさに生理的な涙がじんわりと浮かんだ。
 面堂は肩越しに振り返って、涙目であたるを強く睨みつける。
「っく、もろぼし…っ、さっきからなにをかんがえて……!」
「わるいな、面堂……おまえが必死に声を我慢してるとなれば、おれはど〜〜しても逆のことをさせたくなるのだ!」
「あのなっ、そもそもなぜ我慢してるか、きみもわかっているだろうが……!?」
 あたるは微笑んだ。またたびをもらった猫のような、夢見心地のうっとりした目つき。不吉そのものである。あたるがこういう目をするときは大抵、いつも以上にろくでもないことになる。
 案の定、あたるはろくでもない返答を寄こしてきた。
「さっきからず〜っと思ってたんだが……声出さないように必死に堪えてるおまえ、すっごいそそるんだよな。おまえが頑張るほど、だめになったとき、さぞかしえろいだろうなと思っちゃって」
「きみという男は、つくづくサディストの変態だな!」
「そーか? じゃ、そのおれに好きにされて感じてるおまえはさしずめマゾヒストの変態ってとこだな」
「だからっ、ぼくはマゾじゃないって何度も言って――」
 とん。
 その瞬間、ビクッと全身が跳ねた。同時に神経を逆なでされるようなざわめきが腰の奥に走る。あたるのそれが、どういうわけか普段よりも奥まで入り込んでいる。そして触れるべきではない場所にたどり着いたのだ。
 どうも、なにか、嫌な予感がする。
「もっ、諸星……? まさかとは思うが……」
「ふっ、察しがいいな面堂。そのまさかだ」
 その返答に面堂は絶句しながら思った。
 ――こいつ、まだ諦めてなかったのか……。
 思い返せば、面堂があたるとこういう関係になってからそれなりの時間が過ぎ去った。身体を重ねた回数も決して少ないとはいえない。だが、今あたるが触れている場所を面堂が許したのは、それがどういうものか知らなかった最初の一回だけだった。
 あたるはこれまでにも度々、同級生との猥談の中で得た真偽不明の情報をなぜか面堂相手に検証してきた。しかも大抵、特に事前に相談するわけでもなく、セックスの最中に思い付きでいきなり試してくる。そのせいで、わけもわからず身体から未知の快感を引きずり出され、挙げ句に散々イかされることも少なからずあった。
 あたるがソレの存在を知ることになったのも、そういう猥談のせいだった。どういう話の流れだったのかは面堂には知る由もないが、彼らは自慰の仕方について話し始め、そのうち誰かがアナルオナニーを話題に出し、また別の誰かがあたるの前で要らんことを口走った。
「アナニーといえば、ケツの奥の方に突っ込んでくと結腸の手前で止まるらしいんだけど、そこをぶち抜くと前立腺弄るより気持ちよくなれるらしいな」
 それは、確かに気持ちよかった。気持ちよかったが、何事にも限度というものはあり、その気持ちよさは限度を遥かに超えていた。
 面堂はもうこんなの二度とやりたくないと思ったが、困ったことにあたるの方はそれが気に入ったらしかった。あたるは度々「もう一度アレやろう」と面堂をせっついてきたし、面堂は催促を断固として拒絶し続けてきた。痺れを切らしたあたるがついに強引に迫ってなし崩しで事に及ぼうとしたときも、いつもなら割とそのまま流されてしまうのに、全力で抵抗して最終的にベッドを半壊させ、挙げ句に中断したままあたるを置いてその場から帰ってしまった。以来もうその話を持ち出さなくなったから、さすがにあたるも諦めたのだとばかり面堂は思っていた。
 だが、あたるは今、よりによってこんな状況で――というよりこういう状況だからこそ、面堂にソレを迫ってきている。あたるが例の要求を押し通すには、面堂が暴れて拒むことが不可能な今ほど絶好の機会はない。
「バカなのか、おまえは!? あ、あんなことしたら……それこそ、声が……!」
「へーきへーき、今日ずっと我慢できてたろ。おまえなら大丈夫だ面堂! おれはおまえを信じとるぞ!」
「こんなときばかり調子のいいことを言うんじゃないっ」
 くり、とまた先端で軽く押されて面堂はびくっと露骨に反応する。本能的な防衛反応として、面堂はその刺激から必死に逃げようとした。腕に重心を移して前のめりになると、あたるのそれが面堂のなかから少し抜けていく。
「どーこ行くんだよ、面堂」
「あ…っ」
 圧迫感が遠のいてほっとしたのも束の間、抜けきる前に腰骨を両手でがっちり掴まれそれ以上動けなくなる。そのままゆっくりと挿入し直されて、面堂はびくびくと身体を震わせ枕に額を付けた。
「ひ、ぅっああぁ……っ」
「いまさら逃がすわけないだろ、あほ」
 あたるは面堂の後ろで低く笑った。
 熱い楔が奥に向けて再び滑っていく。わざとなのだろう、その際前立腺を思いっきり突きあげられ、面堂は息を詰めて喉から出かかった悲鳴をなんとか抑え込んだ。苦しさにじんわりと涙を浮かべながら、面堂は思った。こいつは、本当に、意地が悪い。
 また、あたるが最奥までたどり着いた。とん、と少し先が当たるだけで、ぞわりと総毛立つような感覚が全身を駆けた。 
「あ……! だめ、だめだそこは…っ」
「ほんとに駄目?」
「んっん…っ! ぜったい、だめ……ッ」
 こうなっては、とにかく言葉で突っぱね続けて、あたるが引き下がるのを待つしかなかった。
 だが、向こうは向こうで面堂が根負けするのを待つつもりだ。心底楽しそうな、そしてどこか意地悪な声であたるは言った。
「おれ、ここに挿れたいなあ〜、面堂」
「ぅ、いれない、ぜったいいれない…!」
「そりゃ残念。おまえがいいって言うなら、す〜っっっごく、きもちよくしてやるのに」
「…っあ」
 あたるの言葉に、面堂の身体が勝手に反応してひくんと締まった。そのせいで気持ちのいいところに当たってしまって、腰がびくっと跳ねる。
「ふあぁ…っ!」
「こ〜ら、勝手にひとりで気持ちよくなるなよ」
「ぁ、ちが…っ」
 そんなつもりじゃないのに、身体はなおも快感を拾い続けて背筋がぞくぞくする。
 あたるは、ふ、と小さく笑って、のしかかるようにして身体をぴたりと背中に密着させた。その重みが面堂にあたるという男をより一層強く感じさせて、身体に更に熱がこもって眩暈がする。
 あたるは面堂のうなじをねっとりと舐めあげて、そのままかぷっと噛みついた。
「ひっ……!!」
 その瞬間、ぞくぞくぞく……と背筋を電流のように快感が走り抜ける。
「諸星っ、や、それやだ……っ」
「こんなんでも感じちゃう?」
「っい、やめ…、ぁ、やめてくれ…っ!」
「やめてほしいやつの声には聞こえんな~?」
 あたるは明らかに面堂の反応を楽しんでいた。声を立てずに忍び笑いながら、上からぐっと体重をかけてまたうなじに舌を這わせ、歯を立ててくる。駄目だとわかっていても、そこを噛まれるたびに神経を逆撫でするような強い快感が走って、びくびくと身体が震えてしまう。
 面堂は、この行為の本質を正確に理解していた。そしておそらく、あたるの方も。
 雄としての面堂を、あたるはまた別の雄として押さえ込み、抵抗を捻じ伏せて身も心も屈服させようとしている。
 だから、こんなことで気持ちよくなってはいけないのに、こんなのは面堂の信条にも生き方にも相容れないはずなのに、そう思えば思うほど面堂の身体はあたるの行為を受け入れて喜んでいた。
 スポーツだって学業だって、誰かの下になったことなんて無かった。面堂は、自分は上に立つ側の人間だと信じて疑わなかったし、実際今まではずっとそうだった。
 どうして、いつも、あたるが相手だとこうなってしまうのだろう。
 面堂の耳の後ろで、甘い声がささやく。
「もっと、きもちよくしてほしくない?」
「それ、は……してほしいっ、けど」
「じゃ、挿れていい?」
「だがそこに挿れるのはっ、だめだ……!」
 ぐ、ぐ、と何度も行き止まりを優しく押されているうちに身体の奥からぞわぞわと快感がこみ上げてきた。まずい、と冷や汗が滲む。このままだと、本当にまずい。
 これは、先に、身体が負ける。
「ふ、あっぁ……っや、なんか、くる……! んっ! んぅう〜ッ…!!」
 両手で口を押さえた瞬間、今までと比べ物にならないような、段違いに深い快感が腰の奥で弾けた。身体が勝手にがくがく震えてそれが止まらない。
「あ…っ」面堂が達した際の強い締め付けに、あたるも切なげに喘いだ。いっそそれで射精してくれたらよかったのに、あたるにはまだ持ちこたえる余裕があるようだ。
「はぁ…、そこ、奥に挿れたら、もっと気持ちよくなれるんだけどな〜、面堂?」
「う、るさい、だまれ……!」
「強情だな~」
 びくびくと未だ収まらない痙攣と快楽に自分の意思が負けそうになるのを必死に押しとどめて、面堂は強く言い返した。
 だが、未だ執拗にそこを押し開こうとする動きに反応して、お腹の底からまたじわじわと甘い痺れが迫り上がってくる。面堂は焦った。
「やっ、やだ……っ」
「やじゃないだろ、嘘つき」
「嘘なんてついてな……、っあ」
 面堂はとにかくあたるの拘束を振りほどこうともがいたが、あたるはどうあっても面堂をこの快感から逃がす気はないらしい。かえって腕を面堂の身体に回して抱きしめると、腰を押し付けて奥をぎゅーっと優しく押して圧迫してきた。突かれるのとはまた違う気持ちよさに、面堂はぞくぞく身震いする。
「んゃ……あ、あ…!」
 あたるのせいで、下腹部がきゅんきゅんと甘く疼く。あの深い絶頂にまた来てほしくなくて面堂は手首に爪を立てて痛みに意識を集中しようとする。だが、あたるが与えてくる快楽はそんな程度でごまかせるものではなかった。身体の奥で甘い疼きがきゅうっと一気に高まってくる。
 だめだ、また来る。
「ふっ、ぅ…、っく、あ、ああぁ…」
 逃げようのない深い快感の波が再び全身を走り抜けた。上半身を自分で支えることもできなくなって、面堂はぺたりと胸を布団の上に投げ出した。身体にこもった熱を少しでも外に出そうと、はぁはぁと必死に呼吸を繰り返す。もう、全然動けない。
 食べられる、と、面堂はくらくらしながら思った。このままでは、食べられてしまう。熱に冒され何もかもが蜃気楼のように揺らめく思考の片隅で、その言葉が繰り返し浮かんでは消えた。あたるの牙が心の外殻を引き裂いていく。奥に隠れている本当の面堂を引きずり出して捕らえ、喰らおうとしている。そうなる前に逃げなければいけないとわかっているのに、どうしても逃げられない。
「んっ……ほら、また、イってるくせに。ふ…おまえだって、ソコ、好きなんじゃねーか」
「すき、じゃ、ないっ」
 というよりは、状況を考えろ、と言いたかったが、それを適切に伝える文章を組み立てるだけの余裕は面堂にはなかった。
「もう奥入っていい?」
「だめだ…っ!」
「な〜、そろそろいいって言えよ、面堂」
「だめ!」
 面堂は必死に首を振り続ける。あたるの甘い調子の声が気持ちよくてたまらない。このままだと遠からずあたるに押し負けるに違いない。
「い〜かげん観念しろって――」
 その瞬間だった。
「あ」
「!!?!?」
 あたるの亀頭が、ぐぷ、と奥にはまりこんだ。
 瞼の裏で盛大に火花が散る。何が起きたか、そしてこれから何が起きるかを瞬時に悟った面堂は、とっさに枕に顔を強く押し付けて、布を全力で噛んだ。
「んぐッ、〜〜〜〜っっ!!!♡♡♡」
 面堂の陰茎が震え、びゅるっと飛び出た精液が白い敷布団に散った。だが、自分が射精したことにも気づけないくらい強烈な快感が身体の奥で弾けていた。むきだしの神経にむりやり電流を流すような快楽。それが体の隅々まで走り、神経の中枢を駆けぬけ、脳を容赦なく犯していく。きもちいい、気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい――許容できる範囲を遥かに凌駕した感覚に、面堂は意識が飛びそうになっていた。
 面堂がそれでも声をあげなかったのは、イく直前に、この部屋の壁の薄さと、隣で今もすやすやと眠っているはずの二人の女の子の顔が否応なく頭をよぎったからだ。
 あの二人にだけは絶対に情けない声を聞かれたくないという一心で、面堂は死ぬ気で声を殺したのだった。
「おまえ、よく声我慢できたな〜今の。さすがプライドの化けもん……」
 非常に感心したような声色であたるが何か言っている。フーッフーッと手負いの獣のような荒い呼吸をしながら、面堂は殺意のこもった目であたるを涙まじりに睨みつけた。
「き…っきさま……よく、も、こんなまねを……!!」
 そんな目で睨まれても、あたるは相変わらず気の抜けるような暢気な笑みを向けてくる。
「いや〜、今のほんとにわざとじゃないぞ? いつのまにかだいぶほぐれてたみたいで、うっかり入っちゃった」
「入っちゃった、じゃない、このアホっ!」
「声声、大きい」
 こんな状況でなければ、言葉が思いつかなくなるまでひたすら罵り倒したかったが、面堂は涙を呑んで怒りを抑えた。そしていつもと同じ結論に至る。やはり、もっと早くに殺しておくべきだった……。
「こ~なったら、もうだめとは言わないだろ?」
「ぁ、あ…ッこの、ひきょう者が……!」
 あたるはここに来て完全に開き直った。悪びれもせずににやっと笑うと、上半身を倒すようにしてさらに自身を奥に押し込んでいく。高熱の悪寒にも似た強い快感に再び襲われて、身体の奥からぞくぞくと震えが走った。面堂は指先が白くなるほど枕を力いっぱい握りしめて、その感覚に必死に耐える。
「ひッ、くそ…、きさまなんかっ……きさまなんか、あとで、ころしてやる…!」
「はいはい、あとでね」
 精一杯の呪詛の言葉もさらりと流されてしまってはもうなす術はない。嵌めたまま、奥を捏ねるように腰を回される。それだけでも信じられないくらい気持ちいいのに、あたるは追い討ちのように腰を揺らして、ゆっくりとそこを出入りし始めた。
「んゃッあっあぁ……!」
「あ…やっぱここ、すげー気持ちいい……」
 ぐちぐちと結腸のなかとそとを交互に犯しながら、あたるは熱い溜息をこぼした。
「奥、まで、入ってるのに…、先っぽのとこきゅうって、締まるし……抜くときも、ぁ、くぽくぽ吸い付いてきて…っ、んっ、ん…、きもちい……」
 耳許で喘ぎ混じりに自分の身体の反応を逐一説明されて、面堂は恥ずかしさのあまりどうにかなりそうだった。頼むから黙ってくれ! と心の底から思ったが、下手に口を開けばあられもない声が出るだろう。
 あたるの吐息が荒くなるのと共に、動きが徐々に大きくなってくる。そして、すでに面堂を裏切ってあたるの手の内に落ちた身体は、嫌になるほどその快感を素直に享受して悦んでいた。
「っふ、あ、んぁ~~……っ♡♡」
 ビクッ、ビクッとあたるの動きに合わせて腰が跳ねる。そこに嵌められるたびにイっている、気がするが、気持ちがよすぎて面堂にはもうよくわからなかった。深い絶頂が延々と続いていて、断続的に繰り返し達しているのか、ずっとイったまま戻れなくなっているのか、判別ができない。
 それでも声だけは抑えなければ、と僅かに残された理性がささやき、面堂は枕に顔を押し付ける。肉体は酸素を求めているのに、思うように呼吸ができなくて苦しい。なのに気が狂いそうなほどの快感が今も全身の感覚を絡め取って支配し、一時たりともそこから逃れることができない。くるしい、きもちいい、くるしい、と風見鶏のようにくるくると変わるその感覚の本質はおそらく同じもので、だからこそより一層面堂の心と体を混乱させていく。
 気絶することすら許されないまま、暴力的なまでの感覚が面堂のすべてを犯し、頭の中がぐちゃぐちゃになって、面堂はいつしか本格的に泣き始めていた。
「っあ、ひぐっ、もろぼし、もろぼしぃ…っ」
「も〜、泣くなよ面堂」
 面堂がぐすぐすとすすり泣くと、あたるは動きを止めて、困ったように言った。それから小さくため息をついて、面堂の頭をくしゃりと優しく撫でる。
「つらいなら、今日はもうやめようか?」
 面堂は一生懸命首を振った。
「やっ…やだぁ、やめない…っ」
「え? やめたくねーの?」
「あ……だっ、て、きもちいい、から…」
 はぁー、はぁー、と熱い息をこぼしながら、面堂は答えた。ぞくぞくするような快感が身体の奥から溢れてどうしても止まらず、やり場のない熱が身体中をぐるぐる巡り続ける。思考は熱で陽炎のようにぼやけてしまって、他のことはもう何も考えられなかった。
 きもちいい、から、ほしい。あたるがもっとほしい。
「え、と……」
 あたるは、面堂に小さな声で尋ねる。
「……きもちいいの、すき?」
「すきっ、すきだから、もう、いじわるしないでくれ……っ」
 ぼろぼろと涙を流しながら、面堂は縋るようにあたるを見上げた。
「……」
 あたるは口を半開きにして固まった。そのまま頬がふんわりと赤く染まっていく。
「おまえは、ほんっっと、ズルい……っ」
「あ…っ!」
 あたるは面堂の身体を反転させると再びのしかかる。
「こんなときに、限って、そーゆーこと言って!」
 そして、向かいあわせで中を激しく突き上げ始めた。
「ひっ、よせ、あっそんな……ああっ!?」
 この体勢では、枕を使って声を消すことができない。面堂はパニックになって、とにかく声を殺すためのよすがを探し、死に物狂いであたるにしがみついてあたるの浴衣の肩口を噛んだ。
「ふっ、んっく、んぐっ、んぅう〜…ッ!」
 それでも、くぐもった嬌声がこらえきれずに喉から逃れ出ていく。
 ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てながら、あたるは内部を激しく責めたてた。入り口まで戻っては奥まで一気に貫き、自分自身の快楽を追いかけて面堂のなかをめちゃくちゃに蹂躙する。絶頂をめざした突き方にこちらへの気遣いはなく、煮え滾るような情欲だけが支配していた。
 そして面堂は、あたるのこの抱き方が心の底から震えるほど好きだった。
 気持ちいい、もっとしてほしい、そんな思いで頭がいっぱいになって、面堂は無意識に足をあたるの腰に巻きつけていた。あたるもそれに応えるように面堂の身体に腕を回す。そうして面堂を抱きしめながら、面堂の好きなやり方で容赦なく荒らし続けた。
「んッ、んん〜っっ!」
「あ…、ぁ、面堂っ……めん、どう、も、イく…」
 あたるは、ひどく乱れた呼吸の合間に掠れた声でささやく。耳にかかる吐息と欲に濡れた声の調子に背筋がゾクゾクしてたまらない。
「はぁ…、めん、ど…っ出る……あ、イく…!」
 あたるが自分のなかで気持ちよくなって、達してしまうのだと考えた途端、腰の奥が切なくなってきゅうっと締まる。同時に、あたるが最後の仕上げとばかりに一際強く奥まで突き上げた。
「っく、んぅ…っ!!」
「ぅあ、――〜〜っっ…♡♡」
 あたるが中でどくんと大きく脈打つのを感じた瞬間に、面堂のなかでも快感が弾けた。あたるの浴衣を握りしめ、必死に歯を食いしばって声を殺し、最後の絶頂に向かう。ぴったりとくっつく身体の間で、面堂の陰茎が吐精した。だがそれ以上に、身体の中で感じるあたるの熱い搏動が、どうしようもなく気持ち良い。あたるが今自分の中で射精している、その事実だけで、頭がおかしくなりそうなほどの興奮が全身を満たしていた。
 あたるは脈動に合わせて、どくっ、どくっと精を吐き出していく。その間もゆるゆると腰を動かし続けて、最後の一滴を出し切るまで決して出ていこうとしなかった。そして射精が終わったあとも、荒く呼吸をしながらじっと中で動かずにいて、面堂の身体がびくびくと痙攣し締め上げる感覚を、それが収まるまでずっと味わっていた。
 薄暗い部屋の中、二人の喘ぐような激しい呼吸以外、物音一つしなかった。やがてそれが落ち着き始めると、あたるは面堂のうえにもたれかかるようにして全身からくたりと力を抜く。
 あたるは、はぁー、と満足げな長いため息をついた。
「すっげ〜きもちよかった……」
 うっとりした声で呟いて、あたるは面堂の身体に手を回してぎゅうっと抱きついてくる。
「それは、よかった、な……」
 声に含めた精一杯の皮肉に、あたるは反応しなかった。その代わりに、うん、よかった、とやわらかい声でささやいて、面堂の胸に頭をすり付ける。
 素肌にあたるの髪が当たってくすぐったい。面堂は半ば無意識にあたるの頭に手を伸ばした。少し色素の薄い、癖のある柔らかな髪をくしゃくしゃと撫で、ふっくらした柔らかい頬に触れる。あたるは目を細めて、すり、と猫が甘えるように面堂の手のひらに頬を寄せた。
 やがて、面堂の胸の内にようやく実感が湧いてきた。
 ――これで、なんとか、終わった……。
 その事実をしみじみと噛み締めると、限界まで張り詰めていた緊張の糸がふつりと切れた。ろうそくの炎が風に吹き消されるように、面堂の意識はすうっと闇に遠のいていった。