02 Refrain

 あたるは病院を離れ、ようやく自分の家に戻った。とは言っても、今のあたるにとっては見知らぬ場所でしかない。自分の部屋を見ればなにか思い出すのではないかと、あたるだけでなくラムや両親も期待していたようだが、残念ながら何も変化はなかった。
「テンちゃん、ただいまだっちゃ〜!」
「ラムちゃん、おかえり〜! ……それと、そこのアホも」
 テンは、ラムには笑顔を、あたるにはしかめ面を向けて二人を出迎えた。
 テンはラムのいとこの幼児だ。入院中にも一度だけあたるを訪れたことがある。だが、あたるがテンのことも全く覚えていないと知るやいなや、目をまんまるにして、そのまま何も言わずに病室を飛び出していってしまった。すぐにラムが後を追いかけたが、ラムはしばらく後に一人だけで戻ってきて、テンはそれ以後一度も姿を見せなかった。
 テンは読みかけの絵本をぱたりと閉じると、じたばた手足を動かしながら浮き上がる。そしてあたるの鼻先に来て、ふんと大きく鼻を鳴らした。
「アホのあたる、おまえまだラムちゃんのこと思い出してないんか。アホやアホやとは思っとったけど、ほんっっとにここまでアホやったとはな〜!」
「なんだとお〜? いくらなんでもそこまで言われる筋合いはないぞ!」
「ふん! ほんとのこと言って何が悪いんや!」
「もう、せっかく帰ってきたんだから。テンちゃんもダーリンも、喧嘩はよすっちゃ!」
「だって、ラムちゃんのこと忘れるなんて! いくらコイツが底抜けにアホでも、そんなのひどいやないか!!」
 テンが泣きそうな顔で叫んだ。
 ラムの表情が曇る。
「テンちゃん。記憶がなくなったのは、なにもダーリンのせいじゃないっちゃ」
 ラムは、すぐに打ち消すように明るい声で言った。
「心配ないっちゃ! うちのことも、それにテンちゃんのことだって、ダーリンは必ず思い出してくれるっちゃ」
 ね、と言ってラムはテンに優しく微笑みかけた。その途端テンは顔をクシャクシャにした。歯を食いしばってぷるぷると震えたあと、ラムに抱きついて堰を切ったようにわんわんと大声で泣き始めた。
 あたるは、大泣きするテンとそれを慰めているラムの二人を黙って眺めていた。動けなかったし、何も言えなかった。
 ラムもしのぶも、父も母も、時々あたるの顔を見て寂しそうな表情を見せる。その裏にあるのは、おそらくテンと全く同じ感情だ。ただ、彼らはテンよりもずっとおとなだから、それをあまり表に出さないでいられるだけなのだ。
 こうなってみて初めて、これは自分一人だけの問題ではないのだと、あたるはようやく気が付いたのだった。
「安心して、ダーリン! ダーリンのことは、うちが絶対もとに戻してあげるっちゃ!」
 前向きな熱意と共に、ラムはぐっと拳を握ってあたるを見上げた。あたるはしばしその目を見返してから、視線を足元に逸らしてぽそりと呟く。
「……まぁ、おれも、ちょっとくらいは努力してやらんことも、ない」
「ダーリン……!」
 ラムはきらきらと瞳を輝かせると、がばっとあたるに抱き着いた。
 そしてそのまま放電した。
「愛情表現〜〜!!」
「うぎゃぁ〜〜〜!!!?」
 ということで、あたるはこの日、記憶を失って以来最高の電圧を食らった。
 
 明くる日には学校にも復帰した。あたるがまたややこしい状態になっていることは、しのぶたちを通してすでに友引高校でも話題になっていた。
 登校初日は、おかげで周りからちやほやされた。
「諸星くん、記憶がすっかりなくなっちゃったんだって? 大変ね〜」
「なにか困ったことあったら言ってね」
 そんな調子で女の子も最初は同情して優しい対応をしてくれた。だが十分も経たないうちに、あたるは記憶がなくなってもまるで懲りておらず、性格においても何一つ変わっていないことを彼女たちも身を以て悟り、あたるに対して冷徹無比かつ断固拒絶の態度を取ることとなった。
「ダーリン、いい加減にするっちゃ〜!!」
 二年四組にラムの怒りの声が響き、眩しい雷が閃く。こうして友引高校おなじみの光景が復活するまで三十分足らず。痺れて教室の床に倒れ伏すあたるに向かって、男子生徒たちが「あたる、おまえはほんっとうに懲りないやつだな〜」と呆れを通り越して驚嘆しながら言うのだった。

 ラムはあの宣言通りに、とにかく前向きにあたるの記憶を取り戻す方法を模索していた。ちょっと姿が見えないなぁと思えば、だいたい何やら怪しげな機械を組み立てて持ってくる。
「今度こそうまく行くはずだっちゃ!」
 輝かしいまでの笑顔と確信を持ってラムは断言するが、今の所その確信が良い方向に働いた試しはない。ラムの作る機械は基本的に地球人を相手にすることを想定した設計になっていないので、結構な割合で仕様通りに動かない。そこをクリアして無事に動作したとしても、今度はラムが説明書を読み飛ばして操作を間違えるのでやはり失敗する。そして記念すべき被験体第一号は毎回あたるになるので、そのしわ寄せをダイレクトに食らうことになる。
 初めの数回はそのことがわからずにおとなしくラムの好きなようにさせていた。片手で足りなくなる回数に突入する頃には、あたるもさすがに我が身可愛さにラムから逃げ回るようになった。
「こらーっ、なんで逃げるっちゃ! 元のダーリンに戻りたくないのけ〜!?」
「それ以前におれの身がもたんわ!!」
 そんな調子で、女の子を追いかける合間に毎日ラムと校内を全力疾走していると、隣の席のコースケなどは、あたるに割とまじめな顔でこう言うのだった。
「おまえ、やってること前となんにも変わらんのに、記憶取り戻す必要あるのか?」
 あたるも毎度、割とまじめな顔でコースケにこう返す。
「それを言われると弱いんだよな〜」
 実際、一週間二週間と時間が経つにつれて、新しく積み重ねた記憶や思い出の数は少しずつ増えてきている。そして新たな思い出が増えるごとに、ラムもテンもしのぶも、段々と寂しそうな顔を見せることも少なくなってきた。
 クラスの人間の顔もちゃんと覚えたし、校内外のかわいい女の子の情報をメモした新しいノートも作った。以前親しかったという友人たちは、今のあたるとも気さくに話して仲良くしてくれる。
 だから、諸星あたるという人間にとって、本当に大事なものは何もなくなっていない。そう思うと、別に今のままでもいいんじゃないか、という気もしてくるのだった。

 現国の先生が急遽授業に来られなくなったために、今は楽しい自習の時間だ。あたるはもちろん勉強なんかする気もなく、トランプを持ってきていた男子数名と大富豪をして遊んでいた。
「ふふふ。刮目せよ!」
 不敵な笑みと共に、あたるの右隣の同級生が10のカードを四枚同時に出した。
「お」
「うげ」
「うわー、今それやんの〜」
 カードの強さをすべて反転させる『革命』が起きて、ゲームの参加者が色とりどりの反応を見せる。嬉しそうな顔をした者、頬を引きつらせる者、考えていた戦術が崩壊したらしくかなり焦っている者。あたるも微妙な反応をした側だった。さっきまでは結構強い手札だったのに。あたるはため息をついた。
「おれパス」
 その後も全員パスし、場は一旦流れる。仕切り直したあとも彼は7を二枚出した。それで彼の手札はなくなり、一番に上がった。そのときの夏空もかくやという晴れやかな笑顔。
「ところでよぉ、あたる」
 次の手をどうしようか真剣に悩んでいるときに、革命を出した同級生が出し抜けに話しかけてきた。
「おまえ面堂となんかあったの」
「え? なんで?」
「だって、最近あんまりあいつと話さねーじゃん」
 あたるはきょとんとして、カードを場に出そうとする手を止めた。
「……元々そうだったんじゃないのか?」
「いやいやいやいや……」
「逆逆、四六時中つるんでたぞ」
 半笑いで彼らは言った。あたるがカードを出したあとも、彼らはあたるの知らないあたるの話をする。
「こっちが嫌になるくらいいつも喧嘩しちゃあ追いかけっこしてたし」
「そうそう、だから今ちょっと変な感じ、見てて」
「静かでいいんだけどさ。なんか落ち着かないんだよな」
「ふ〜ん……」
 あたるは自分の手札に目を向けながら、ぽつりとそれだけ呟く。彼らの言葉を呑み込むにつれ、胸の中にさざなみが立っていく。
(あいつ、そんなこと一言も言わなかった……)
 見舞いに来たときの面堂はいつも、ラムと少し話して、ちょっとした嫌味をあたるへの置土産にして去っていくばかりだった。だから、ただの同級生でしかないという言葉をあたるはそのまま信じた。自分たちは他人で、今も昔も何も関わりがないとばかり思っていた。
「……あたる、おまえの番だぞ」
「えっ」
 いつの間にかカードが流れて、場に出ている一番上のカードがK一枚になっていた。やばい。全然見ていなかった。もう誰が何を出したのか、今誰が何を持っていると思われるか予想できなくなった。
 そこからは惨憺たる結果となった。そのゲームで負けただけでなく、その後も自習時間が終わるまであたるはひたすら負け続け、参加者全員に牛丼を一杯奢る約束をする羽目になった。最悪だ。
 
 面堂終太郎。
 友引高校に転校してきた、面堂財閥の跡取り息子。女たらしで、冗談みたいに金持ちで、嫌味なくらい顔が良く、生まれから何からあたるとは全く世界が違っている。
 現在あたるが面堂について知っていることはこれだけだ。そもそも、ろくに話したことがない。毎日顔を出していた入院中のときですら、ちゃんと話をしたと言えそうなのは、ラムのいなかったあの最後の日くらいだった。
「記憶なくなる前のおれと面堂ってどんな感じだった?」
 試しにラムに訊いてみると、ラムはためらいなくシンプルな答えを返した。
「いつも女の子追いかけてたっちゃ!」
 そしてそれ以上のコメントはなかった。となればもう深追いはできない。そもそもラムは、あたると面堂の今の距離感に疑問を持っている様子ではなかった。
 ならばとしのぶに尋ねることも考えた。でも、面堂に好意を寄せているしのぶにその当人の話題を振るのもなんとなく面白くない。
 そこであたるは、二年四組の同級生から、さりげなく、自然体で、慎重に、情報を集め始めた。
 ラムにしたのと同じ質問を、違和感を覚えさせないよう注意を払いながら彼らにも投げていく。
 ある男子に訊いたときはこんな答えだった。
「前の諸星と面堂? ま〜、何かと張り合ってたかな。そもそも面堂って、ラムちゃんのこと好きだからな。諸星と馬が合うわけないよ」
 ある女子はこう言った。
「よく刀を挟んで睨み合ってたわね。授業中でも構わずやるから、結局授業にならなかったりとかね」
 次は、ある男子グループの証言。
「確かさあ、なんかよく四人で遊びに行ってたろ? ラムちゃんとしのぶと、あたると面堂で。スキーとか海とか」
「そう、ラムちゃんどころかしのぶまで一緒に! ほんっとおまえ何なのあたる!? 今すぐ絞め殺したい」
「おいおい、落ち着けよ」
「ぐあ〜〜羨ましい〜〜!!」
 それ以上話していると面倒なことになりそうだったので、そこでとっとと退散した。
 最後にあたるは、よく面堂と話している女子数人に同じ質問をした。
 するとすぐに、真ん中の子が苦笑いを浮かべる。
「あ〜、気付いちゃったかぁ……」
「ちょっと!」
 隣の子が慌てて肘で真ん中の子を小突く。真ん中の子は割り切ったような顔で言い返した。
「今更隠したってしょうがないでしょ」
「そうだけどさあ」
「どういうこと?」
 そこで彼女たちはちらりと視線を交わし合わせてから、あたるに向き直った。
「確かに今の諸星くん達って、前とちょっと違うのよ」
「ぶっちゃけ、わたし達にはそのほうがありがたいから、知らないふりしてたけど。だって面堂さん、いつも諸星くんと喧嘩ばっかりしてたんだもん」
「そうそう。諸星くんと言い合ってて話しかける隙がなかなかなくてね……」
 そこまで言うと、彼女たちはあたるにずいっと迫った。
「だから、いっそこれからも今のままでいてくれると嬉しいんだけど、どうかな?」
「このままなら面堂さん、ずっと女子の方にいてくれそうだし」
「クラスも平和になるし」
「ね、諸星くん、今のままでいいじゃない!」
「えっ……ええと……」
 熱っぽく目を煌めかせる彼女たちの勢いに、あたるはたじろいだ。どう答えたらいいのかわからず言葉に詰まった矢先、背後からラムの刺々しい声が飛んでくる。
「ダーリ〜ン? いったい何してるっちゃ?」
 振り向くと、髪を静電気でふわりと持ち上げたラムが、自分の席から不機嫌な顔でこちらを見ていた。いつもならすぐさま逃げ出すところだが、今のあたるは逆にラムの方に急いで向かった。
「あ、おれもう行くね。続きはまた今度!」
「ちょっと諸星くん!」
 答えをはぐらかしたまま、あたるは自分の席に戻ってラムの隣に座る。あたるが珍しくすぐに女の子から離れて戻ってきたので、ラムはかなり驚いた様子だった。
「どうしたっちゃ、ダーリン? もしかしておなか痛いのけ?」
「いや、そうじゃないが、ちょっとな……」
 ラムは不思議そうにぱちくりとまばたきするが、それ以上は追求しなかった。
 解放されたことで気が抜けて、ぐったりと机に突っ伏す。あたるはしみじみと思った。女の子って、時々怖い。

 午後。物理の授業が終わってシャーペンをペンケースに戻しているとき、面堂が黒板の前で先生となにか話しているのが聞こえた。
「しまった、今日はおまえ一人か。これを一人で運ぶのはちょっと大変だろう」
「いえ……なんとかなると思います」
 彼らの前の机には、今日集めたプリントとノートがクラスの人数分山積みになっている。二人でも運ぶのは結構しんどいだろうという数だった。そういえば、もうひとりの係は風邪で欠席だったことをあたるは思い出した。
(まあ、おれには関係ないことだが……)
 知らん顔をして、コースケとラムと一緒にその横を速やかに抜けようとしたとき、先生がこちらに目を向けた。
「おっ、諸星じゃないか! ちょうどよかった!」
「げっ」
 指名されてしまっては逃げることもできない。あたるが仕方なく立ち止まると、先生はにっこり笑って案の定まったく嬉しくないことを言い出した。
「諸星、おまえ面堂のこと手伝ってやれ」
「冗談じゃない、なんでおれが!」
「先生、ですから、ぼく一人で何も問題ありません!」
「うんうんそうだな、助け合いは健全な社会生活の基本だぞ。では、よろしく頼む!」
 抗議の二重奏に対し、先生は輝く笑顔で押し切ると、これ以上は御免とばかりに白衣を翻してさっさと準備室に去っていった。
 あたると面堂は固まったまま、二人揃って準備室の扉を無言で見つめる。なんとなく気まずい沈黙が続いた。
 先に話の口火を切ったのは、面堂の方だった。
「……では、きみはそっちの半分を」
「しょーがねーな……」
 あたるも勿論気乗りしなかったが、面堂の方も負けず劣らず気が進まないという顔をしていた。助けてもらうくせに何だその態度は、と言いたくなるくらいに。
「ダーリン、うち先に教室戻ってるっちゃ!」
「おー」
 自分の教科書などを上に載せて、あたるは自分の担当分を抱え持つ。ノートとプリントを半分こして重ねているから、バランスが悪くて持ちにくい。
 面堂も同じように自分の分を抱えるが、なぜかあたるよりサマになっていた。
「行くぞ、諸星」
「おれに指図すんなよ」
 軽口を叩きながらあたるもその横に並んで、職員室目指して二人で歩き始めた。
 特別教室棟の廊下には、もう四組の生徒の姿はなかった。うず高く積み上がったノートとプリントのせいで前が見えにくい。何より重い。
 面堂とこうして二人きりになるのは、あの日以来はじめてのことだった。あたるはちらりと面堂の様子をうかがってみる。面堂はあいかわらず何でもないような冷静な表情で、こちらには目を向けずに歩いている。
 同級生から集めた情報から、あたるは何かしらの結論を出そうと思っていた。にも拘わらず、いくら話を聞いてみても、以前のあたると面堂は仲が良かったんだか悪かったんだか、全然わからなかった。
 そんなに喧嘩ばかりしていたなら、どう考えても犬猿の仲で、相性最悪の敵だったとしか思えない。でも、休みに一緒にどこか遊びに行くなんて、友達でなければそんなことしないだろうとも思う。
 階段の前まで来ると、面堂が言った。
「そこ、階段だぞ、諸星。転ぶなよ」
「言われんでもわかっとる」
「本当に気を付けろ。この前どうなったか忘れたわけではあるまい」
「くどいやつだな、きさまも!」
 そう何度も階段から落ちるわけがないのに、面堂は念を押してくる。お節介なのか、こちらを馬鹿だと思っているのか。いや、考えなくてもわかる、後者に決まっている。あたるは、面堂に馬鹿にされる隙を絶対に作らないように、足元をよく見て一つ一つの段を慎重に降りていく。
 面堂本人は、ただの同級生だと言った。それ以上でも以下でもないと。仲が悪ければ、普段会話が多かったとしてもそういう言い方になって当然だろう。となれば、やはり自分たちは友達ではなかったのだ。
 いや、でも、スキーだの海だのに、仲が悪い人間とそんなに何度も一緒に行くだろうか。これを考えるとやはり何かおかしい気もしてくる。
 あたるの思考はその二つを何度も堂々巡りした。どちらも同じくらい有り得そうだとしか感じなかった。
 階段を降り終わって、また廊下を進んでいく。職員室はこの廊下の向こう端にある。
 あたるは歩きながら、最初の日のことを思い出していた。初めて病室で目を覚ましたとき。面堂は、どこか痛むのか、と言ってあたるの顔を覗き込んだ。
 あのときの面堂は、心配そうな顔をして、気遣う目であたるを見ていた。
 職員室の前まで到着した。どちらともなく立ち止まる。あたるは黙って職員室前の提出用ロッカーにノートとプリントを載せた。
 もう後がない。
 これを逃したら、次の機会が果たして訪れるかどうかもわからない。
「……なあ、面堂」
 プリントの山を見下ろしたまま、あたるはついに腹をくくって口を開いた。
「おれたちって、本当にただの同級生だったのか?」
「え……」
 面堂が戸惑ったような声を漏らした。その途端に、自分がすごく馬鹿なことを言った気がしてきて、急に何もかも放り投げたくなった。何でもない忘れろ、と言って逃げてしまいたい。面堂の方を見ないようにすることで、なんとか思いとどまった。
「つまりだな、周りの奴らの話を聞いてると、どうも……なんつーか、割と仲いい友達だったんじゃないかと思うのだが……」
 少し緊張しながら、あたるは相手の出方を待っていた。なかなか返事がない。まさかとは思うが、聞いていなかったのか。あたるは顔を上げて面堂の様子を窺おうとする。だがその瞬間に面堂はあたるの顔にプリントをべしっと叩きつけた。
「うわっ」
「アホらしい。ぼくたちは、べつに友達なんかじゃなかった。くだらんことで話しかけるな」
 いつもの素っ気ない言い方だった。プリントを顔から外したときには、面堂はすでに廊下の先を歩いているところだった。
 なるほど、くだらないと来たか。今の話を切り出すまでに、こっちはどれだけ悩んだかわからないのに。あたるはその背中に向かって怒鳴った。
「くだらんことで悪かったな〜!!」
 びーっと舌を出してあたるもくるっと踵を返す。本当に本当にむかつく男だ。