Malfunction 01

 窓の外では雪がちらつき始めていた。

「あー。雪、降ってきちゃったな~」

 面堂の視線をたどって、あたるも気が付いたらしい。テレビがCMに入ったときに、窓の方にちらっと目を向けて他人事のように笑っている。

 あたるの隣で一緒に同じ番組を見ていた面堂は、ソファの背もたれに背を預けながら脚を組んで言った。

「だからぼくは、降りだす前に帰ったほうがいいと言ったのに……」

「しょーがないだろ。このドラマ、二時間スペシャルなんだもん。話の途中で帰るわけにはいくまい!」

「そんなに見たいなら、始まる前に帰ればよかった話ではないか」

「だって、おまえのテレビで見たほうが画面きれいだし大きいからな〜」

 面堂はまたちらっと窓の外に目をやる。黒い闇の中、部屋の明かりに照らし出された大粒の白い雪が窓の外でひらひらと舞っては消えていく様子を眺めてから、また面堂は口を開いた。

「そのドラマが終わる頃には、積もるんじゃないのか。積もったら車を出してやれるかわからないぞ」

「そうかもな〜」

 あたるはそこで面堂の方に顔を向けると、のほほんとした呑気な笑みを向けた。

「面堂、今日泊まっていいよな?」

「……」

 面堂はあたるの微笑みを少し見つめてから、ふいっとそっぽを向いた。

「仕方あるまい。ラムさんたちに心配をかけないように、きちんと連絡を入れろよ」

「じゃー次のCM入ったら電話する」

 あたるはソファの上であぐらをかきながら、また画面を真剣に見つめ始める。

 その横顔を眺めながら、きっとこの男は今日、最初から家に帰るつもりなどなかったに違いないと、面堂は思うのだった。

 

 あたるはもう一度ドラマがCMに入ったところで電話をしに部屋を抜け、しばらくして戻ってくると、ぽすっと面堂の隣に腰を下ろす。CMはまだ続いていて、いまは面堂グループ傘下の旅行代理店の宣伝が流れていた。そういえば、今度みんなでスキーに行こうという話になっていたことを、面堂は思いだしていた。新しいスキーウェアも、買うべきだろうか。

「めんどう」

 ちょんちょん、と肩をつつかれて、面堂はふと現実に立ち戻って顔を向ける。あたるは小さく微笑んで面堂を見上げていて、目が合うと、すっと身を乗り出して顔を近付ける。面堂は一瞬ためらったが、そのまま動かずに目を閉じた。

 唇に、やわらかいものが押し当てられる。それだけで離れると思ったのだが、あたるは面堂の肩に手を添えて、何度も角度を変えて、ちゅ、ちゅ、と唇を合わせていく。

 やがて、あたるの舌が面堂の唇の隙間をつつく。何度も何度も優しくそこをなぞり、あたるは面堂にそこを開けるよう言外にねだった。面堂は迷った。侵入を許せば、キスは深いものになる。そうなれば、そこからさらに先まで進むことになるのも、想像に難くない。

 あたるが面堂の手をとって、そっと指を絡める。そしてもう一方の手で面堂の頬を撫で、指先が耳に触れた。ぴくっと肩が跳ねて、面堂は気が付いたら唇を薄く開いていた。あたるはその隙をついて舌を差し入れ、ためらう面堂の舌に自分のものを絡めてくる。

「ん……」

 面堂も、ここに来て迷いがちにそれに応え始め、あたると舌をこすり合わせる。あたるに甘く舌を吸われた瞬間ぞくっとして、あたるの指をきゅっと握った。

 思ったとおり、キスはなかなか終わらなかった。テレビでは、もう二時間ドラマの続きが始まっている。面堂はキスの合間になんとか口を挟んだ。

「っ、もろぼし、CMが明けた…」

「しってる」

 あたるはそっけなく言って、ふたたび面堂の唇を塞ぎ、面堂の腰に手を回してぐっと抱き寄せた。

 ソファの上、あたると唇を重ねて、穏やかに面堂の背中を撫でさするあたるの手のひらの感触に背筋を時折ぞくぞくさせながら、舌と舌を絡めた。テレビからは主人公たちの別れる別れないの言い争いが続き、それが途切れたと思ったら気の抜けるような明るいトーンのカレーのCMが流れていく。そのCMに出演しているのはあたるが好きだと言っていたアイドルだったはずだが、深まっていくキスの前では画面を一瞥することもできなかった。

「んっ……んん……」

 次第に、頭の奥がジンと痺れて、ぼんやりしてくる。あ、これはいけない、そう思ってあたるの肩を押そうとするが、あたるはその手首を捕らえると、ぐっと体重をかけて面堂をクッションの上に押し倒した。体にかかるあたるの重みに、おなかの奥がぞくりと甘く震える。

 こんなことをしていてはいけないのに、と面堂はキスを続けながら思った。今日は平日で、明日も学校があるのに。だがこうも思った。あたるが来る前に予習はあらかた済ませてあったし、明日は体育がないから、大丈夫。いけないと思う気持ちは、次第に増していく甘い痺れの前に揺らいで溶けて消えていく。

 もう他に何も考えられなくなってきた頃になって、あたるはようやく面堂を解放した。はぁ、と熱のこもった吐息をこぼして、あたるはするっと面堂の濡れた唇を指で撫でる。

「ベッド行く?」

 それに逆らう理性はもう残っていなかった。

 

「はぁ……あ…っ」

 くちくちと、あたるの指に絡んだローションが湿った音を立てている。すでに三本入り込んだ指は、中を広げるようにして、ゆっくりと、しかし確実に面堂の気持ちよく感じる箇所をこすり上げた。面堂は脚を開いたまま、ぞくぞくと震える身体を抑え込みながら、あたるの指を感じていた。

 やがて、あたるの指が優しく引き抜かれていく。

「あっ……」

 その際、少し指を曲げて引っ掛けるようにされて、面堂は小さく喘いだ。中をしきりに弄り回していた指がなくなると、小さな喪失感がある。だが代わりにここからは、もっと深く激しく満たされることになると思うと、胸がドキドキしてたまらなかった。

「入れるぞ……」

「ん……」

 ぐ、と先が押し当てられて、身体がビクッと跳ねてしまう。さらなる先の快感を求めて、そこはひくひくと震えてあたるを待ち構えていた。

 ぐぐぐ……とさらに力が込められ、ある一点を境にして、あたるはついに面堂の中へと侵入していく。

「ッ、あ……!」

 お腹の奥がゾクッと震え、面堂はあたるを受け入れた。と言っても、まだ本当に先の方だけだから、少しずつなかに入ってきてもらわなければならない。

「面堂、もうすこし力抜けるか」

「ん、っわ、かった……」

 ふ、と小さく息を吐いて、努めてそこから力を抜いていく。足腰がくたっと脱力したところで、あたるはまた腰をぐっと奥に進めた。びくっとこわばる身体を必死に抑えて脱力した状態を保とうとする面堂の頬を、あたるはそっと撫でた。

「あと少しだから」

「っう、言われんでもわかっとる…っ」

 あたるは、もどかしいほどゆっくりと中に入っていく。少し進んでは止まって、面堂の様子を窺い、大丈夫だと判断すればまたほんの少し進む。もっと一気にやってくれてもいいのに、と面堂は思うのだが、こういうことに関してはあたるはいつも慎重だった。

 そろそろかな、と面堂が思い始めた頃、あたるが面堂の腰を撫でてぐっと掴む。

「行くぞ」

「ん……」

 あたるはそう言って、ずぷぷ……と一気に身を沈めていった。

「うっあ……っ」

「はぁ……ぜんぶ、入った」

 あたるはすぐには動き出さず、全て入れ終わった状態のままじっとしていた。

「だいじょぶ?」

 あたるは小さな声で尋ねて、面堂の腰をするりと撫でる。指先が皮膚の上をすべる感覚に、面堂は思わずぞくっとしてしまう。その際に起きた締め付けに反応して、あたるの肩がぴくっと跳ねた。

「ッん、…そのかんじなら、大丈夫だな」

「はぁ、は……」

 面堂も小さく頷いて、視線でその先を促す。あたるは少し身をかがめると、面堂の唇に触れるだけのキスを落として、ゆっくりと腰を揺らし始めた。

「ん、……うあ…っ」

 あたるが行き来するたびに、くちゅ、ぬちゅ、と湿ったいやらしい音が響く。あたるはまだ手加減しているらしく、少し浅いところを繰り返し優しく突いてくる。

「あっ……あ」

 だが、弱い快感も、降り積もっていけば無視できないほどの深さに変わってくる。気持ちいい。

 おもわず両手で顔を覆いかくすと、あたるが不満げにその手をつついた。

「おまえはまたそ〜ゆ〜ことする」

「う、るさいっ……ぼくの勝手だ……ッ」

 きっと今は、なさけない顔をしているに違いない。だから、この男にだけはそれを見られたくないのだということを、あたるは何度繰り返してもわかってくれないのだった。

「面堂」

「っ、いやだ…っ」

「ほら、こっち」

「ッあ…!」

 ぐっと手首を掴まれて、シーツの上にそのまま押し付けられた。それでももがいて抵抗していると、あたるは面堂を押さえつけたまま奥まで深く突いてくる。

「やだっ、そこだめ…っ」

「だめじゃないだろ、面堂?」

「っうあ、もろぼし……ッ」

 奥を突かれるたびにぞくぞくっと背筋が震え、腰の奥が甘く切なくなってくる。このままだとダメになる、と面堂は思った。この切ない感覚は腰から全身へと甘い快感を深く響かせて、やがて何も考えられなくなるほど気持ちよくさせられてしまう。

「っ、やぁ……!」

「ふ…、ヤじゃないくせに」

 ぬっちぬっちといやらしい音を立てながら、あたるは面堂の弱いところをこすり上げ続けた。硬い先端がそこにぐっと押し付けられる度に、身体が熱くなって、燃え上がるようだった。

「そーいえばおまえ、ココが弱いんだっけ?」

「え…っ?」

 言いながら、あたるは不意に奥を突くのをやめて少し浅いところに先を据えた。それはおなか側、あたるから見て少し右に寄ったところだった。あ、そこはまずい、今すぐやめさせないと、と面堂は焦ったが、両手を押さえ込まれた状態ではどうにもできない。あたるは腰を沈めてそこをゆっくりと押し込んだ。

「ッひ、ぁあああ……ッ♡♡」

「お、い〜い反応。ほんとに弱かったんだな〜」

「やめっ、やめろ、そこはだめだからあ…っ♡」

 身をよじって必死に逃れようとする面堂の腕をさらに強くシーツに押し付けて、優しく、しかし容赦なくトントンと一定のリズムでつつき続けた。

「なんで今まで黙ってたんだよ、ココこんなに好きなら」

「べつにっ、好きなわけじゃない…ッ♡♡」

「そんな声でよく言うよな〜」

「っく、ぁあ〜〜ッ♡♡」

 やはりあのとき教えるんじゃなかった、と面堂は苦い後悔を覚える。つい一ヶ月ほど前、面堂は肉体の誘惑に負けてそれをあたるに教えてしまったのだった。だがそんな苦さもすぐに、あたるが絶え間なく与えてくる甘い甘い快感に塗りつぶされて何も考えられなくなってくる。

 きもちいい、あたるをこうして感じるのが、あたるの存在を中で受け止めるのが、気持ちよくてたまらない。

「あ……面堂、その顔」

 はあ、とあたるが熱い息をこぼして、少しの間動きを止める。

「その表情……もっと見たい……」

「んん……」

 する、とあたるの手のひらが頬を滑り、優しく撫で上げる。そして、あたるは面堂の弱いところをぎゅーっと強く押し上げた。

「ッひ、あ……ッ♡♡♡」

「はぁ……おまえのそのカオ、すげー興奮する……」

 欲に濡れた声が耳元でささやく。それだけで、ぞく、と全身がおののいた。そんな声でそんなことを言われたら、こっちまでおかしくなる。

 あたるの腰の動きが強く激しくなってくる。こちらへの気遣いは消え失せて、あたる自身の欲情を煽る動きに、面堂はぞくぞくするほどの興奮を覚えた。硬いものが何度も何度も奥を突き上げ、そのたびに目の裏がちかちかとする。

 面堂は必死にあたるの手のひらを探し当て、指を絡めてぎゅっと握る。もうそろそろ限界だった。

「あっあ……だめ、これ、イ、っちゃう……♡」

 だが、面堂がそこまで上り詰める前に、あたるはふっと面堂のなかを攻める動きを緩めた。

「……っ…、もろぼし…? ん、ぅ…ッ」

 あとすこしだったのに、ともどかしく思いながら、面堂はあたるを見上げる。いつもの意地悪だろうか。

「あのさ、面堂」

「っふ…、なんだ、どーした?」

 あたるは面堂の顔の横に手をつくと、少し身をかがめて面堂の顔を覗き込んだ。あたるのその甘えるような熱っぽい目つきには、よくよく見覚えがあった。面堂は身構える。

「一つおねがいがあるのだが……」

 やはり、来た。

「ことわる!」

「おいっ、まだ何も言っとらんだろ〜がっ!」

「聞かなくてもわかる、ど〜せまたろくでもないことだろう!」

「ほ〜? もし大事な話だったらど〜してくれるんじゃ、おのれはっ!」

「きさまの口から真面目な話が出た試しがない!」

「たとえそうだとしても、ちょっと話聞くくらい良いじゃね〜か!」

「あ〜も〜しつこいなあ〜!」

 面堂は大きくため息をついて、しぶしぶ譲歩した。

「だったら言うだけ言ってみろ!」

 あたるはニコっと笑う。そして、するっと面堂の頬を優しく撫でて、甘えた声で言った。

「『おねがい、イかせて』……って、おまえの口から聞きたい」

「だっ、だれがいうか、そんなこと!」

「い〜じゃん、一回くらいそ〜ゆ〜の聞かせてくれたって!」

「一回くらいと言ってそ〜やってごねるの、これで何度目だと思っとるんだ!」

 あたるが階段から落ちてすべての記憶を失い、また階段から落ちてそれを取り戻してから一か月が経った。そしてそれ以来、あたるがそのことを盾にして普段なら面堂が首を縦に振らないことを迫ってきたのは、一度や二度のことではなかった。この前だってそれでついほだされてしまい、「目隠しプレイがしたい」というあたるに付き合って散々ひどい目に遭ったばかりだった。

 あれからもう一ヶ月経つのだ。いいかげん、あたるを甘やかすのは終わりにしなければならない。

「たとえ何が起きよ〜とも、ぼくがきみにそんなことを言う日など絶対に来るものか!」

「強情だな〜!」

 あたるはむすっとして、面堂の腰にまた指を滑らせていく。あ、と思ったときには、あたるの指は面堂の張り詰めたものに触れ、そのままするっと手のひらで包み込んでしまっていた。

「ひあ…っ」

「こんなにとろとろになってるくせに……今だって、おれにイかせてほしいとは思ってるだろ?」

 先走りの液体をたらたらとこぼしている先端を人差し指と親指で挟んでくりくりといじりながら、あたるは甘い声で言った。

 面堂は力なく首を振る。

「んっ、くあ……そんな、こと、ない…っ」

「うそつき。もう限界だろ、おまえ」

「っふ、あ……ッ」

 ぞくぞくと、あたるに甘えたがる身体を抑え込み、面堂はあたるを見上げてきっぱりと言った。

「ぼくは、いまも、イかせてほしいなんておもってない!」

  あたるはむうっと唇を尖らせて面堂を見下ろした。

「おまえってほんっと素直じゃねーな!」

「やかましい…っ、これが、ぼくの本心だ…っ」

 はぁはぁと息を乱しながらも、面堂はあたるをまっすぐ睨んだ。あたるはその視線を受けて不満げに睨み返していたが、やがて大きくため息をついた。

「おまえが本心だって言うなら、まぁ、そーなんだろうな」

「んっ、んぅう……っ」

 あたるのものが奥まで滑ってきて、面堂はたまらず歯を食いしばった。

「だがな、面堂」

「あっ、あ……ッ!」

 ぬち、と音を立てて、特に敏感な箇所をぐいっとこすりあげられ、面堂はぎゅっと目を瞑ってシーツを握りしめる。

「いつか、ぜーったい、ほんとのこと言わせてやるからな!」

「うあっ、や、イ……ッ」

 その瞬間、あたるが面堂の身体の奥、面堂が特に弱いところをひときわ強く突き上げた。

「あ、…〜〜〜っ♡♡♡」

 あたるのものが勢いよく精を吐き出していくのと同時に、どくんどくんと身体の奥が脈打って、気が遠くなりそうなほどの快感が身体全体に広がっていく。気持ちよかった。気持ちよくて、ぞくぞくして、ぎゅうっと面堂を抱きしめたまま動かないあたるの腕を感じるだけで、胸が苦しいくらいにいっぱいになってしまう。

 やがて、ずるっとあたるが面堂のなかから抜け出して、小さく息をついた。白い液体に満たされたゴムを取り外して口を縛ると、面堂の横にパタッと身を投げ出した。

 そうして息を乱したまま、双方ともに口を開かなかった。快感の余韻が続いて、腰がじんじんと甘くしびれている。

 しばらくして、あたるが天井を見上げながら、あ、と小さく声を上げた。

「あした数学当たってるの忘れてた。あとで答え見せてくれ」

「だめだ、自分でやれ」

「いいだろ一問くらい! どーせおまえ、もう予習カンペキにやってあるんだろ?」

「ふん、きさまにズルをさせるために予習したわけではないからな」

「ケチ! 陰険! 女たらし!」

「なんだときさま! それが教えを請う人間の態度かっ!?」

 がばっと身を起こしてあたるを睨みつけると、あたるはくくくと声を立てずに笑った。それを見て、面堂はため息をつく。

「そ〜だな……あしたの朝、タコの散歩が終わったら、わからないところくらいは教えてやってもいい」

「うーむ、しかたない。それで手を打ってやるか……」

「だからっ、なぜ教わる立場のきさまが偉そうな口をきいているのだっ!」

 だがそういって面堂が怒れば怒るほどあたるは楽しそうに笑うばかりで、話にならない。やがて面堂はあきらめてあたるに背を向けてシーツの上に横たわる。

「めんどう」

 ふん、と鼻を鳴らして、面堂はあたるを無視した。面堂ってば、と肩をつつかれても、面堂は聞こえないふりをして目を閉じる。だが、何度でもぺちぺちと肩を叩かれ、面堂はついに振り返った。

「しつこいやつだなっ、ぼくはもう寝――」

 言いかけた唇をかすめるように、あたるがすばやく身を乗り出して唇を奪った。ちゅ、と湿った音がしてゆっくり離れていく。

 微笑んでこちらを見つめているあたるを見ているうちに、面堂は気が付いた。もう、言葉が出てこない。

 黙り込んだ面堂の唇を、あたるはゆっくりと親指の腹でなぞる。少しざらついた感覚が心地よくて、面堂は目を細めた。あたるの指がそのまま横に滑って、頬を手のひらが包む。

「もう一回していい?」

「……」

 少しの間を置いてから、うん、と面堂は小さく頷いた。頬が妙に熱いことには、気づかないふりをして。