放課後ブレイクタイム

「だからぼくは反対だと言っているのだ、友引高校影の生活指導部としてこういった行為はけっして看過できない!」

 まったく、よくも飽きもせずにくどくどと。

 さっきからずーっとこの調子だ。だから面堂なんか連れてくるのは嫌だったのだ。そもそも連れてくる気なんかサラサラなかったのだが。

 面堂を連れて歩く友引商店街はいつもより騒がしく、うっとうしい。

 

 事の発端はこうである。すべての授業が終わって、つまらない学校のアレソレから解放された放課後、いつものようにコースケと放課後に買い食いに繰り出そうとしたときだった。

「きみたち、放課後の寄り道は校則で禁止されているはずだぞ」

 話を聞いていた面堂が、そうやって口を出してきたのであった。

 あたるはカバンを肩にかけながら面堂をにらみつける。

「ンなことおまえに言われんでも知っとるわい!」

「だったら、きちんと校則を守るべきだ」

「そんなもん守っとったら腹が減ってしゃ〜ないだろ〜が!」

「そ〜だそ〜だ!」

 コースケもあたるに続いて面堂に反論する。

「昼の購買のパンごときで夕方までもつわけないだろ、おれたちは育ち盛りの高校生なんだから!」

 すると面堂は、呆れた顔で机に寄りかかった。

「だったら、もっとちゃんとした弁当を持ってくればいい話だろ〜に!」

「学校に立派な重箱持ってこれるよ〜なやつ、おまえ以外にいるかっ!!」

 あたるはなおも面堂を睨んでいたが、やがてやれやれと大仰にため息をついてコースケの肩に腕をかけてもたれかかった。

「こいつに何言ったって無駄だよな〜。ど〜せ金持ちの坊っちゃんにはおれたち庶民の生活なんかわからないしわかる気もねーんだからさ」

「たしかに、面堂だもんな〜」

 あたるとコースケがそう言うと、なぜか面堂はたじろいで、懐から櫛を出し前髪を梳き始める。

「べつにぼくは、きみたちの生活を理解する気がないわけではない……そ〜でなければこんな庶民の学校になんか、転校しようとも思わなかった」

 あたるはわざとらしく大きく鼻を鳴らしてみせる。

「ふんっ、口だけではなんとでも言えるよな! お昼が足りなくて放課後に商店街で買い食いしたくなるごく普通の男子高校生の気持ちの一つもわからないで、なにが『理解する気』だっちゅ〜んじゃ!!」

「うっ……」

 面堂はさらに落ち着かない様子になって、ついに髪を梳くこともやめてまたポケットにしまう。だがいまだに目が泳いでいる様子からしてあたるの言葉がけっこう刺さった様子だった。

 珍しいことだった。この男はあたるが何を言ったところで、貧乏人の僻みだとばかりに受け流して自信満々に笑っているばかりだったからだ。

 面堂をとっちめるなら今がそのチャンスかもしれない。

 あたるはニヤッと笑って面堂をさらにおいつめる。

「おべんとうを忘れたら妹が届けに来てくれるよ〜な恵まれた人間にはおれたち庶民の気持ちなど生涯わかるまい!! くやしかったら、きさまも買食いの一つもしてみることだなあ、面堂!!」

 もちろん、あたるがなんと言おうと面堂が友引商店街に来て買食いをするなんてことあるはずがなかった。まず経済レベルが違いすぎる、友引商店街で食べられるご飯はどれもおいしいが、面堂が普段食べている高級な料理とは似ても似つかないだろうし、口にも合わないだろう。それに真面目で融通の効かない性格のこの男は、あたるに何を言われようと校則を破って買食いに繰り出すなどありえないのである。

 少なくとも、あたるの考えではそのはずだった。

「なるほど、きさまの言うことにも一理ある……」

「ふふん、そーだろうそーだろう!」

「だったら」

 面堂はあたるに詰め寄ってきた。そのままガシッとあたるの両肩を掴んでくるのであたるは面食らう。なんだ、何が起きているのか。

 戸惑っているあたるに向かって、面堂はいつもの馬鹿みたいに真っ直ぐな目で睨みつけてこう言った。

「そこまで言うなら、きさまがぼくを商店街に連れていけ!!」

 まさかそう来るとは思わなかった。

 

「本当は、ぼくもこのような行為に加担するわけにはいかないのだが、今日は社会勉強ということで仕方なくだな……」

「あ〜も〜くどくどとうるさいやつだなあ〜!」

 商店街の賑やかな喧騒に負けない面堂の言い訳と説教を聞き流しながら、あたるはぶすくれて商店街を歩いていく。コースケは要領がいいから早い段階で逃げ出した。いまごろは家に帰っているか、ひとりで商店街の別の場所で立ち食いそばでもすすっているかしているといったところだろう。正直言って妬ましい。面堂を置いてこの場から逃げられるなら、今日の夕飯のおかずを一つ差し出してもいいかもしれない。

 あたるは大きくため息をついた。こうなったら実力行使しかない。

「面堂、ちょっと来い!」

「なんだ」

「いいから!」

 あたるは面堂の腕をぐっと摑む。そしてすこし驚いている面堂の腕を引いてスタスタと近くのお店に向かった。

「なんだ、きさま! いったい何を考えている!」

「グダグダいつまでもくだらんことわめいとらんできさまもなんか食え! ほら、これなんかちょうどよかろう!」

「へ……」

 あたるが向かったのは、ポップでカラフルな店構えのアイスクリーム屋だった。友引商店街のなかでも人気店で、よく行列ができているのだが、今はちょうど列が途切れたところだ。珍しく運がいい、やはり日頃の行いが物を言うのかもしれない。女の子をデートに誘ったときにこういうふうにうまく行けばもっと良かったのだが。

 カウンターに向かうと、あたるはメニューとショーケースを一瞥してすぐに「ピスタチオサンデーとストロベリーシャワー、ダブルで!」と店員さんに告げた。ピスタチオサンデーのアイスは、この店におけるあたるのお気に入りのフレーバーだった。

「面堂、おまえは何を食うのだ」

「え、え?」

 あたるに腕を引かれてカウンターの前に出た面堂は、戸惑った顔で色とりどりのアイスが収まっているショーケースのなかを見つめる。そのうえ何も言わないので、あたるは面堂の脇を肘でついた。

「何しとる、後ろつかえてんだからはよ決めんか」

「え、と……」

 面堂はあたるに顔を向け、助けを求めるような目であたるを見つめた。

「こういうとき、何を頼めば…?」

 あたるはきょとんとした。

「べつに、食いたいもん選べばよかろう!」

「それがわからないから困っている……」

 面堂は、少し垂れた前髪を所在なげにかきあげて、小さな声で言う。

 たしかに、面堂がこうして庶民のアイスクリーム屋にきたのははじめてなのかもしれない。かわいらしい凝った名前のフレーバーたちのどれがどんな味なのかすら、面堂には一見では想像もつかないのかもしれなかった。

 あたるは面堂を見上げ、ムスッとした顔をしながらため息をつき、店員さんに向き直った。

「バニラパラダイスとカフェモカ、ダブルで!」

 その後会計を済ませ(もちろん面堂のぶんは面堂に払わせた)、あたると面堂は店のそばの壁に寄りかかった。

 あたるはすぐにトップに乗せられたピスタチオのアイスを舐め始めたが、面堂はなかなか動かない。あたるは指についたアイスをぺろっと舐めながら面堂に話しかけた。

「どーした、食わんのか。はやくせんと溶けるぞ」

「あ、ああ……」

 面堂は、じっと真っ白なバニラアイスを眺めてから、おずおずと口元に近づけていく。あたるが見つめる中、面堂は赤い舌をそっと伸ばして、一口舐めた。

「……」

 そのままなぜか固まる面堂を見ながら、あたるは首を傾げる。

「面堂?」

 庶民のアイスは、面堂にとってそんなに不味いのだろうか。そう思っていると、面堂はアイスを見つめながらふっと小さく微笑んだ。

「……おいしい」

 その笑顔に、今度はあたるが固まる番だった。しばしじっと面堂を眺めてから、あたるはふいっとそっぽを向く。

「ここのアイスは商店街の中でも特においし〜からな。これで買食いの魅力がわかっただろ!」

 あたるがそう言うと、面堂はまた笑って、そうかもしれない、と小さく言った。

 それからしばらくあたると面堂はならんだまま、何も言わずにアイスを舐め続けた。

 あたるの選んでやったアイスを上品に舐める面堂を、あたるは気づかれないようにそっと横目で見る。面堂は、微笑みながら、とても美味しそうに食べている。

 こういうのも、案外悪くないかもしれないと、あたるはそんなふうに思った。