13 夢見心地
「ほんっとーにデリカシーの欠片もないな、きさまは……」
制服の上を脱ぐなりあたるから浴びせられた一言に、面堂は露骨に嫌な顔をした。
「だって気になるもんは気になるし」
あたるは白いスクールシャツのボタンを外しながら呑気に笑っている。
「で、結局何カップ?」
「知らん」
「知らんってこたないだろ」
「本当に知らんのだ、うちのメイドさんに用意してもらったものだから」
二人が話題にしているのは、面堂の身につけている白いブラジャーだった。女性用の下着を身につけるのは心の底から抵抗があったが、何もつけずに人前に出るのもそれはそれでどうなのだという思いがあり、どちらがマシか真剣に検討した結果、しかたなく着けることに決めた。そもそも何も付けないで歩いていると、不安定で結構邪魔だということに気づいたのもある。
面堂が制服をきっちりハンガーにかけているとき、ひょいっとあたるが背後に立ってブラジャーのホックに手を掛けた。
「うわっ」
「こーゆーの、だいたいタグにサイズ書いてあるんだよな〜」
そして鮮やかな手付きであたるはあっという間に面堂からブラジャーを剥ぎ取っていった。
「何をするきさまっ!」
「ほー、なるほどなるほど」
あたるは端に縫い付けられたタグをしげしげと眺めてから、身体をすいっと寄せて爪先立ちすると面堂にぼそりと耳打ちした。
「……だって」
「〜〜〜っ、誰も知りたいなんて言っとらんわっ!!」
面堂が顔を赤くして下着を奪い返すと、あたるはベッドの端に身を投げ出しながら楽しそうに忍び笑いを漏らす。
「いやーほんとプロポーションいいね、終子ちゃん!」
「やめんかその呼び方!」
「男からラブレターも来るわけだな〜」
「諸星、これ以上ぼくをコケにするようなら……」
「まあ落ち着けって」
あたるは笑いながら面堂の腕を引いた。バランスを崩して面堂もなし崩し的にベッドに倒れ込む。
「うぐっ」
「しかしおまえも進歩せんな、面堂」
この前と全く同じやり方であたるにあっさり押さえ込まれたので、さすがに何も言い返せなかった。とはいえ、このままやられっぱなしというのも癪に障る。面堂はあたるの首に手を回してぐいっと自分に引き寄せ、そのままキスをした。あたるは少し驚いたように目を瞠るが、すぐにそのままキスに応える。
ひょっとしてこの男は、キスが上手いんじゃなかろうか、と面堂は思った。何度唇を重ねても心地良さに陶然としてしまうのはそのせいに違いない。そろそろ主導権を奪い返してもいい頃合いだと思うのに、このまま流れに身を任せてしまうのも悪くない気がしてくる。
あたるは面堂と舌を絡めながら穏やかな手つきで身体を愛撫している。こうして体を重ねるのは二回目だからだろうか、反応の良いところばかり狙って責めてくるので、面堂の息が乱れるのも前回より早い。
あたるの手が体の表面を滑る。くすぐったい。あたるは胸の膨らみに触れ、形を確かめるようにゆっくりと大きな円を描いて撫でた。中心部分はわざと避けていて、時々指先が掠めるたびにぴくっと身体が跳ねる。
この男に触れられたことから、全てが始まった。この男の頭にある羽根が、この手が面堂を女に変えたのだ。そして今また、面堂の本質とは相容れないはずのものを、女の快楽を肉体から引きずり出し始めているのだった。
声が出そうになるたびに、口許を手のひらで覆ってこらえていると、あたるがちょんと指先で手の甲をつついて言った。
「面堂、今日は誰かに聞かれる心配ないだろ。なんで声を抑えるのだ」
「別に……ぼくの、勝手だ」
ぞく、と身体が震えるたびに漏れそうになる声を懸命に抑え込んで、面堂はぎゅっと目をつぶった。いくらこんな関係になっていても、意図せず出る喘ぎ声をあたるに聞かれるのは屈辱でしかない。しかしあたるは甘えるように額をこつんとつける。
「おまえが感じてる声、おれは聞きたいなぁ……」
今まで一度も聴いたことがないような、甘ったるい声であたるはそう囁いた。おそらく彼にとっても男相手には出したことのない声だろう。面堂は心臓が跳ねるくらい驚いたが、咄嗟に顔を背けて素っ気なく言った。
「ぼくは嫌だ」
「聞きたい」
「ことわる!」
「聞かせて」
「御免だ!」
面堂が冷たい声のまま切り捨て続けていると、やがてあたるは物憂い表情で長いため息をついた。
「おれがこんなに優しく頼んでるのに……」
と言いながらあたるは素早く面堂の両手首を掴んだ。
「……聞く耳持たんっつー相手には、こうするしかあるまい!」
「こらっ、何をする!」
そのまま面堂の頭上で両手首をひとまとめにすると、あたるはどこからともなく赤い布を取り出し鮮やかな手際でぎゅっと縛り上げた。
「諸星、なんのつもりだこれは!!」
よく見るとそれは先ほど面堂の襟からあたるが抜きとった制服のスカーフだった。
「ほどけ、シワがつくだろうが!」
「そこ気にする?」
ぐいぐいと腕に力を入れても全く外れない。これ以上やると破れる可能性がある。しかもヘッドボードの格子状の部分にくくりつけてあるので、両手首はそこに固定されて動かすことができなかった。
「へぇ、こりゃなかなかいい眺めだな」
あたるはにやりと口の端を上げて意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふざけるのもいい加減に……」
「いやほんと真面目に言ってる、おれこーゆーの好きなんだよね」
あたるは面堂の手首のスカーフをゆっくり撫でながら、ちゅ、と額にキスを落とした。
「おまえんちでタイムマシン使ったときもさ、おまえを鎖で縛り上げようって言ったの、おれなんだ。知ってた?」
「な……」
考えもしなかったようなことを突然言われて、面堂は言葉に詰まった。
あの日のことは苦い思い出として記憶に残っている。恐怖症を直すため、ラムのタイムマシンで過去の面堂邸に飛んだまではいいものの、そこから先はさっぱり計画どおりにいかなかった。面堂は不覚にも侵入者として捕らえられたし、挙句にはあたるが子どもの頃の面堂と組んで、好き放題こちらをなぶりものにしたのだった。
「あれも最高だったな〜、途中で茶々が入らなきゃもっとおまえを虐めて遊べたのに」
「おのれはっ……」
「そうそう、あのときもそうやっておれのこと睨んでたよな、面堂」
あたるは息がかかるくらいの距離まで顔を近付けて囁く。
「抵抗できないくせにそんな顔されると、正直言ってゾクゾクする……」
夢見心地の甘さのなか底知れぬ嗜虐性を含んだその声に、思わずぞくりと冷たいものを感じた。
「きみは、自分が何を言ってるかわかってるのか……」
「……さあ? そんなの、今はどーだっていいだろ?」
あたるは不意にいつもの調子に戻ると、へらりと笑って面堂の頬に触れた。
「さてそれじゃ、純真無垢な坊っちゃんの前じゃとてもできなかったこと、やってこーか?」
そのときあたるが口にした、坊っちゃん、という言葉の響きに、かすかに聞き覚えがあるような気がして面堂は戸惑った。
だが、その既視感の正体を確かめる前にするりとあたるの手が乳房の表面を撫でさすり、その先端に顔を近付けたのでそれどころではなくなってしまう。何やら嫌な予感がして面堂はすぐに釘を刺した。
「おい、何をする気だ」
「え、せっかくだし、吸おうかなって」
「さ……流石にそれは一線を越えてないか」
「いや越えるっつーならおまえにチンポ突っ込むほうがよっぽど」
「そっ、それはそうなんだがっ!」
露骨な言い方に思わず慌てると、あたるはおかしそうに忍び笑いを零す。
「たしかに、前はおれもどうかと思ってやらなかったんだが」
「だったら今もやらなきゃいいだろう!」
「しかし思い直したのだ。男なら、目の前におっぱいがあるならやるしかないと……」
「やらんでいいというのにっ!! おいこらっ、よさないか!」
面堂が焦って止めても、あたるは全く聞いていない。手始めにあたるはぺろっと左の乳首の先を舐めた。熱く濡れた感覚。唇の間に軽く挟み込んでそれを圧迫されたときには、ぞく、とかすかに甘い痺れが走る。
「諸星っ、ぼくは、おまえが目の敵にしてる面堂なんだ! ちゃんとわかってるのか?」
とりあえず事実を再確認して興を削ごうと試みる。するとあたるは上目遣いで面堂の方を見て、にやりと笑った。
「そ〜言われると、おまえの嫌がることなら何でもしたくなってくるな」
「〜〜ッ!」
どうしていつもこの男はこちらの思うように動いてくれないのだろう。いつもの癖であたるに掴みかかろうとするが、スカーフに動きを阻まれて、拘束されていることを思い出した。
「い〜から大人しくしてろよ、悪いようにはしないから」
「くそ……」
こうなったらいっそスカーフを破いてしまおうか。だが購買部で予備を売っていたかどうかはっきり覚えていない。もしスカーフがない状態で家に帰ったら、少なくとも今日なにかただならぬ出来事が起きたのはわかってしまうだろう。それは困る。
あたるはまた胸に唇を寄せると、色付いた先端を口に含んだ。熱い舌の先が乳首をゆっくりと撫でる。付け根から先端に向けて舐め上げられたとき、ぴく、と身体が反応するが、面堂は平静を保つように努めた。
「乳首ちょっと勃ってきた……」
「いちいち言わんでいい!」
余計なことを報告するあたるにきつい声で言うと、あたるは目元だけで笑って見せる。もう片方の乳房も優しく揉まれ、先をつまんで左右にくりくりと押し倒される。ぴんと指先で弾かれたときにはびくっと肩がはねた。ちゅ、と音を立てながらまた口に含んで、あたるはそれを強く吸い上げた。
「ぁ……」
ぞくぞくと鳥肌が立つのと同時に、全身から力が抜ける感じがした。繋がり合うときの直接的な快感とはどこか種類の違う感覚。
あたるは乳首を吸い上げながらゆっくりと転がすように全体を舐った。ざらついた舌の感触が気持ち良くて、吐息が少しずつ乱れてくる。だが乳首を舐められて感じるなんて本当に女みたいで、面堂はそれを絶対に認めたくなかった。
心臓の搏動がやけに強く感じられて、面堂は熱い息をこぼしながら全身を巡る血の流れに意識を向ける。しきりに弄り回されている箇所はすっかり固くなって、少し触られるだけでも痛いくらいに敏感になっている。そこに急に軽く歯を立てられて面堂はビクッと体を痙攣させた。
「んひゃ……ッ」
不意打ちだったせいで自分とは思えないような頼りない声がこぼれて、面堂は焦って手のひらで口を塞ごうとした。だがまたしてもぎしりと音を立てて拘束が邪魔をする。
「か〜わいい声だったな、面堂」
「うううるさいっ黙れ! 今のはわすれろ!!」
面堂が慌てるほど、あたるはますます面白がってくすくす笑っている。面堂は頬が燃えるように熱くなるのを感じた。散々好き勝手に弄ばれたあげく、本番ですらない行為で乱れた姿をあたるに見せるなんて、筆舌に尽くしがたい屈辱だった。面堂は潤んだ目でキッとあたるを睨み付ける。
「きさまがこんな悪趣味な真似をするから、へんな声を出す羽目になったんだ! さっさと外さんか、この変態! サディスト! 貧乏人! 顔が悪い!」
途中からただの悪口になったが、とにかく面堂は恥ずかしさを怒りにすり替えて強気に出た。つい先日似たようなことをして結局ろくでもない目に遭ったことは、動揺のせいですっかり頭から追いやられている。
しかしあたるはどういうわけか、先ほど垣間見せた夢見る目つきで口元を緩ませた。面堂は思わず身を固くする。一見するとなんてことのない微笑みだが、状況と全く不釣り合いなことも相まってどこか薄ら寒いものがある。
「そんなカッコじゃ、何しても煽ってるようにしか見えんと言っとるのに……」
あたるの手が太股の内側に触れて、するりと上へと滑っていく。
「おまえもつくづく懲りないよな」
「っあ……」
指先が触れた瞬間、びくっと腰が跳ねた。反射的に腰を引きかけるが、あたるはそれを押さえる。すでに潤っている場所を指先でゆっくりなぞってから、ぬるりと中に指を挿れた。
「んっ、くぅ……っ」
ぞくぞくと身体の表面を電気が走り抜け、面堂は熱のこもった息を零す。浅いところで焦らすように彷徨っている指が思考をもかき乱して、他のことを考えられなくなってしまう。なぜこんなに気持ちいいのだろう、と熱に浮かされた頭で面堂は思う。そのせいで、心も身体もどんどんおかしくなる。こんなの、好きなはずがないのに。男がこんなことをされて嬉しいはずがないのに。侵入する指が増えるたびに体の奥が熱くなって、少しずつ内部を押し広げて蠢く指先の動きに、頭の芯から麻痺してくる。そして気が付いたら、この先にある別の快楽のことばかり考えていた。
身体はあの日の夜の記憶を生々しく留めているのだ。あの日どういうふうに触られ、行き着いた先にどれだけ強烈な快感があったか。身体はよく覚えているし、それがもういちど与えられる瞬間を待ち望んでいる。面堂は身体のそうした昂りを打ち消すことができず、むしろそれに呑みこまれ、溺れつつあった。
やがてあたるはゴムを自身の陰茎に被せて、十分に慣らしたその場所にゆっくりと先を挿し込んでいく。
「うっあ…!」
肉体が直に触れ合った瞬間、ぞくりと背筋を快感が走った。それはゆるやかに、しかし確実に内部へと侵入を続ける。そこに先日のような異物を無理に押し込まれるような痛みはなかった。そのぶん快楽ばかりが強く感じられて、どうしようもないくらい気持ち良い。こうなったらいくら自分を律しようとしても、肉の奥から湧き上がる欲望には勝てない。
「ふ……、もう、身体も慣れたみたいだな? 前より楽に入る」
「ひっ、ま、て、まだはや……」
止める間もなく、あたるは腰を動かし始めた。
「うああっ…まだ、って、言って……!」
「痛くないなら平気だろ」
「こん、な、いきなり、っあ、動かれたら……っくぅ」
はじめはあたるを止めようと思ったが、文句を言う余裕もだんだんなくなってきて、面堂はあたるに揺さぶられながらただ声を上げ続けた。
「あ、はっあ、うあぁ…」
そうして喉からひっきりなしにこぼれる嬌声に、面堂は今すぐ消え去りたいくらいの羞恥を覚える。どんなに我慢しようとしても、あたるに動かれるとどうしても止まらない。口元を押さえることも耳を塞ぐことすらもできなくて、面堂はぎしぎしと結び目を揺らしながらあたるに懇願した。
「諸星っ、頼むから、これをほどいてくれ……」
「そ〜だな〜、じゃあ理由を話してくれたらそうしてもいい」
「えっ……」
最初はからかっているのかと思ったが、あたるはどうも本気で言っているようだった。そんなことを口にしたくはないが、こうして縛られたままでいるよりマシだとは思う。面堂はあたるから視線を逸しながら掠れ声で言った。
「っ……声が止まらない、から……」
「もっと具体的に説明してくれないと。どうして声が止まらないの?」
どこまでも上機嫌に、そして白々しく言うあたるを、面堂は恨みを込めて睨んだ。
「きさまは本当に底意地の悪い……」
「陰険さではおまえにゃかなわんよ」
だが、あたるは実に余裕綽々たるにこやかな笑みを返す。今の面堂が何をしようと自分の優位は揺るぎないとわかっているのだ。
「ほら……ほどいてほしいならちゃんと言えよ、面堂」
「くっああぁ…っ」
あたるが更に奥に侵入してきて、面堂は快感に耐えられず仰け反って声を上げた。それは湿った音を立てて何度も往復していき、高い喘ぎが喉から逃れ出ていく。
「っひ、うあ、あぁ……」
あたるは、面堂、ともう一度名前を呼ぶ。先を促すように。だから面堂は、快感で頭の中がぐちゃぐちゃになっていても、息も絶え絶えになんとか言葉を絞り出した。
「きみに触られるところが、すごく……気持ちよくて……我慢できない……」
「それで、えっちな声いっぱい出ちゃうんだ?」
「そういうこと言うな…っ」
あたるの声は実に楽しげで、わざと面堂の嫌がる言葉を選んで辱めているようだった。そして面堂はそれに対して怒りを感じるべきなのに、どういうわけか余計に強い快感が体の奥から込み上げてきて、わけがわからずぎゅっと目を閉じた。
「おまえさー、なんていうか……こーやって虐められるの好きだよな?」
「馬鹿、好きなわけないだろ!」
「じゃ、なんで縛られてるのに感じまくって、えっちなこと言わされて興奮してるんだよ」
「ちっ違う……そんなんじゃ……」
頬にかあっと血が上るのを感じた。あたるの顔をまともに見られない。
そしてあたるは面堂がこうやって困り果てている様子が面白くてたまらないらしく、耳元に唇を寄せて甘い声で囁いた。
「由緒正しい面堂家の嫡男様が、世俗の貧乏人に汚されて興奮してるなんて、親御さんが知ったら泣いちゃうだろうな」
「やめろ、言うな……」
「嫌いなはずの男に犯されてよがって、身も心も屈服させられて喜んで……いやはや倒錯趣味にも程がある」
「諸星、もうやめてくれ……」
「だーめ、ぜったい逃がさない」
あたるは面堂の顎を掴んで自分の方に顔を向かせ、心底楽しそうな笑みを浮かべる。
「おまえ、おれがなんか言うたび明らかに感じやすくなってるよな。気付いてる?」
「っうああぁ…ッ!?」
中に侵入しているそれが弱いところを狙って突き上げた瞬間、非常に強烈な快感に襲われ、面堂は背をしならせて身悶えた。
「意地悪されると感度が上がるって、えろい身体だな~ほんと。今の身体だけ? それとも元々そうだった?」
「そ…んなこと知らない……」
面堂は弱々しく首を振る。そんなはずないと、はっきり否定したいのに、身体は面堂から見ても明らかに様子が変わっていて、同じことをされてもずっと深い快感を味わっていた。混乱と屈辱的な思いが逃れがたい快楽とせめぎ合い、渾然一体となって面堂を苛んだ。おのずと視界がじわりと滲んでくる。そしてあたるはそれを見て悪びれるでもなく、面堂の顎先を掬い上げてうっとりと目を細めた。
「その表情良いな……すごく興奮する」
「っ、本当に悪趣味だな!」
「おまえがそんな顔するのが悪い」
そう言いながら、あたるは抽送を再開した。今度は先日のときと同じように、あたるは同じ箇所を繰り返し優しくつついてくる。
「ッん、あっ、うあっ……」
とん、とん、と先が当たるたびに嬌声がこぼれ、身体の芯からぞくぞくしてくる。全身の端々まで感覚が鋭くなってきて、触られてもいない場所までなんとはなしに気持ちが良かった。
「っあ、待て、…っ…それやられると、ほんと、だめだ…」
「そんなに好きなんだ、こうやって突かれるの」
「んっ、んん……ッ」
肯定も否定もせずに、面堂は顔を背ける。とはいえ、そうした沈黙そのものが一つの答えになりうるということは面堂にもわかっていた。
動きが繰り返されるたびに体の奥が痺れてきて、ぴくん、ぴくんと太腿が勝手に跳ねる。限界が近いことがわかっているのか、あたるも徐々に深く大きく腰を動かし始めた。
「あっあ…も、無理…っイ…っ!」
「っあ、面堂、おれも……」
そして一際強く奥を突かれた瞬間、頭の中が快感に塗り潰されてビクッと大きく腰が跳ねる。
「ふ、ぅあッあっ…!」
絶頂の強烈な快感が奔流のように背筋を駆け上っていく。繋がっているところがきゅうっと締まって、あたるを追い立て、不意にそれがどくりと大きく脈打つ。あたるは小さく呻いて面堂の顔の横に荒っぽく手をついた。
「〜〜ッ、っはぁ、は、きもち、い……」
目を伏せて快感に恍惚としているあたるを見ていると、面堂も奇妙な満足感を覚えた。この男にこんな顔をさせてやった、というある種の征服感にも似た感情だった。
そして、手首の拘束が今日で一番恨めしく感じた。これさえなければ、今すぐあたるを引き寄せて好きなだけキスができただろうから。
「ど〜してくれるんだ、これ」
全てが終わってようやく解放された面堂は、不機嫌そのもので手首をさすりながら、あたるをじとりと睨みつけて言った。家の黒服たちなら面堂がそんな顔をするだけで可哀想になるくらいに慌てるものだが、あたるは平然とした顔で小さく首を傾げる。
「何が?」
「だから、これ! 痕になったではないか!」
ぐ、と手首をあたるの鼻先に近付けると、あたるはようやくその赤い痕跡に目を留めた。拘束のせいで擦りむけた痕が、まるで手錠でもしているように両手首をくるりと一周している。
「このくらいなら、明日には目立たなくなってるだろ」
「今日はどうするんだ今日は!!」
「長袖着てればおそらく見えん。まぁ頑張って隠してくれ、おまえならできる!」
「なんて無責任な……」
「よく言われる!」
褒めてもいないのに褒められたような顔をして、あたるはにこにこと笑った。そこから何を言っても徒労に終わることを見て取り、面堂はぱたりとベッドに倒れる。それでもなにか言い捨てずにはいられなかった。
「この際だから言っておくが、本当に好きな女性を相手にこんな無茶な抱き方したら絶対に嫌われるからな!」
「何を当たり前のことを。女の子にこんなひどい真似、おれがするはずないだろ」
あたるの声は実に心外そうだった。まあ確かにそうかもしれない、と面堂は思う。なんだかんだ言ってあたるは女の子に暴力を振るったことはないのだ。
はじめはそうして納得しかけたが、不意に面堂はぱっと身を起こして用心深くあたるを見据えた。
「ちょっと待て。ぼくたちは将来の真剣な男女交際に備えた練習をしているはずでは……?」
「……」
あたるは虚をつかれたようにまばたきする。それから何事もなかったように、いつもの気楽な笑みを浮かべた。
「まぁ細かいことは気にするなよ」
「いや気にするだろうそこは!?」
「い〜ではないか、別に。おれは泣かせるのが好きでおまえは泣かされるのが好きなんだから」
「ぼくは泣いてないっ!!」
そんなに、という言葉は呑み込んで、面堂はあくまで言い張った。
「そもそも好きでもない! 言いがかりだ!」
「この期に及んでまだ認めないのか。おまえマゾだろ」
「違うわっ!!」
面堂は全力で否定しながら枕を掴んであたるをべしべしと叩く。せめてもの鬱憤晴らしのつもりだったのに、ますます笑われてかえって一層腹が立った。
「そ〜ゆ〜きさまこそ根っからのサディストなんじゃないのか!?」
「そうかもしれない」
すると意外にあっさりと肯定が返ってきて、思わず面堂は枕を途中で止めてあたるを見た。
「嫌がられるとどうも歯止めが効かなくなるんだよな〜。おまえの反応は特に性欲そそるというか、えろいし」
「っ、だから、そういうのをよせと言ってる……」
「ほら、それ。その顔。見てると止まらなくなる」
あたるは人差し指でからかい半分に面堂の頬をつついた。
「ってことで、もう一回しようか?」
「……最初からそれだけ言えばよかろうに」
うん、そだね、とあたるは言いながら、やわらかく笑う。面堂が嫌だと言わなかったのが、嬉しかったのだろうか。そんなくだらないことが。面堂はあたるから目を逸らした。心臓が跳ねたのは、とても珍しいものを見たから、きっとそのせいに違いない。
そしてあたるはぎしりとスプリングを軋ませながら、もう一度面堂に覆い被さった。