07 何かいい案ない?
月曜日にも体育の授業はあったが、そのときはまだ青い鳥が来ていなかったので面堂は問題なく男として参加できた。
火曜日にはそもそも体育が無かった。
だから、これが大きな問題だと気が付いたのは水曜日になる今日が初めてだった。
「面堂くん、今日の着替えどうする気なの?」
「え〜〜と……」
クラスの女子からの的確な疑問に面堂は言葉に詰まった。何にも考えていなかったので勿論対策も何にもしていなかった。今からサングラス部隊に連絡しても、特設の更衣室を授業に間に合わせるのはさすがに無理だと思われる。
横から聞いていた他のクラスメイトも興味を示して次々と寄ってきた。
「そういやそうだな。おまえどっちで着替えるの?」
「まさか女子更衣室で着替える気じゃ」
「面堂ならあり得るな……」
ざわざわと好き放題に言ってくれる。確かに女子更衣室で着替えられるものなら是非ともそうしたいが、ここでも理性がストッパーになった。
「いや、女子のみなさんのプライバシーもありますから……」
面堂はとりあえず返答したものの、どうするつもりなのか具体的な代案はなかった。
そのとき、クラスの男子がぽんと面堂の肩に手を置いた。
「そうだな、いくら今はそんな姿でも心は男」
「となれば男子更衣室で着替えるのが筋ってもんだろう」
「さあ、共に行こうじゃないか!」
彼らは面堂を取り囲むと、そのまま有無を言わさずぐいぐい背中を押して教室を出ようとする。
が、その直前にしのぶがパッと間に入って面堂の腕を掴むと、彼らから引き離した。
「ちょっと待ちなさいよ。だからって男子に混じって着替えていいわけないでしょ!」
「しのぶさん……」
しのぶは面堂を庇うように前に出て、男子の前で腰に手を当てて強気に構えている。それを見ながら、面堂は内心驚いていた。こんな構図は、男だったときは一度だってなかったのだ。
「しのぶ、余計なことするなよ!」
「たかが着替えだろ、そんなに目くじら立てることでもあるまい!」
「それを決めるのはあんたたちじゃないわよ!」
しのぶは彼らにぴしゃりと言い返すと、竜之介に顔を向ける。
「ねえ竜之介くん、何かいい案ない?」
「そ〜だな〜……」
少し離れたところから傍観していた竜之介は、しのぶに言われて少しためらってから口を開いた。
「購買部なら……狭いけど、着替える場所くらいはあるぜ」
「なるほど、さすが竜之介さん!」
「まあ……何するかさっぱりわからん変態親父がいるにはいるんで、正直おすすめはできねーけど……」
「大丈夫よ、竜之介くんのお父さんって竜之介くんのことしか考えてないもの」
「それもそうか」
竜之介はしのぶの一言に安心したような顔をして、ぽんと面堂の背中を叩いた。
「おし、じゃあ行くぜ面堂」
「え?」
「いちお〜親父がうっかり部屋に入ったりしないようにおれが見といてやる」
「いっ、いいですよそんなの! ほんとの女の子じゃないんですから!」
竜之介からの妙に丁重な扱いに面堂が慌てていると、あたるがずいっと二人の間に割って入った。
「待つんだ、竜ちゃん! 面堂とふたりっきりで購買部で着替えるなんて危険すぎる! いくら今はかわいい顔してたって、こいつは本当は男なんだよっ! 騙されちゃいけない!」
「きさま本当に殺してやろうか!」
面堂はどこからともなく取り出した太刀の鯉口を切った。が、あたるは面堂が刀を抜く前にひらりと廊下に出て逃げていく。
「待て、諸星!!」
「やーいやーい、のろま〜!」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ〜〜っ!!」
そのままどっすんばったんと騒がしい音が廊下に響き渡る。
「ダーリン、どこ行くっちゃ〜!」
それほど間を置かずして、ラムもあたるを追いかけて教室を出ていった。
しのぶと竜之介は並んで遠ざかる音を聞いていたが、やがて竜之介がぽつりと呟いた。
「おれも一緒に着替えるなんて一言も言ってねーんだけどな〜……」
「ほっときましょ。あたるくん達に付き合ってたら授業に遅れちゃうわ」
ぽかんと固まっていた二年四組の同級生たちは、しのぶが何事もなかったようにロッカーに向かうのを見て徐々に我に返った。
ところで、今日の体育の授業で問題になるのは実は更衣室だけではなかった。
つまり、面堂は男子と女子どちらの体操服を着るのか。単刀直入に言えば面堂は果たして今日ブルマーを穿いてくるのか、という問題である。
着替えを終えてグラウンドに集合していた二年四組の生徒はそれぞれの予想を友達同士でしていた。特に深刻な顔で考え込んでいたのは竜之介だ。それもそうだろう、もし面堂が女子の体操服で参加したら、男に先を越されることになるのだから。
だから、肝心の面堂が上下ともに冬用のジャージで現れたときには、失望と安堵の入り混じったなんとも言えない空気が漂った。
今日は日差しが強く、三限の時刻ということもあって気温は暑いくらいのはずだが、面堂はジャージの前のファスナーを首元まできっちり締めている。
「ふっ、考えたな面堂……」
一人だけ冬装備の面堂に、真っ先に話しかけたのはあたるだった。全身がちょっと焦げているのは、廊下を走っているときに性懲りも無く何かして電撃を食らったものらしい。
「おれの頭にこの羽根がある限り、おまえは男装することができないが、冬用ジャージは男女兼用だから関係ないというわけか」
あたるは自分の髪の上で揺れる小さな羽根を指さしながら言った。
「そんな設定あったのか……」
「あ〜! だから面堂のやつ嫌々セーラー服で登校してるんだな」
同級生がそんなことを話している。
「なぜだ面堂、ど〜してブルマーを素直に穿かないのだ!」
「何故もなにも、あんなもん穿いてこのぼくが人前に出られると思うか!?」
「おまえなら行けるだろ」
「ぼくをなんだと思っとるんだきさまはっ!」
あたるはなおも不満そうである。そして同じく面堂が半袖にブルマーを穿いてくるものと期待していたらしい男子生徒があたるに加勢した。
「だいたいそんなに着込んで暑くないのか?」
「全然。これで丁度いいくらいだ」
「痩せ我慢は身体に毒だぞ〜」
「本心だ!」
面堂は有無を言わさぬ勢いできっぱり言い切った。気怠げで頬にかすかに赤味が差している様子はどこからどう見ても暑そうなのだが、本人には絶対にそれを認める気はないようだ。
そのとき、校舎から授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。