04 油断大敵

 面堂があたるを寝室に招き入れるのは今回が初めてというわけではない。以前面堂が数日学校を休んだときにも、しのぶに付き添ってやってきたことがあった。あたるのおかげでラムも見舞いに来てくれたので心密かに喜んだのを覚えている。別の日には、ラムとしのぶだけでなく、コースケたち四組の同級生たちと一緒だったこともある。要するに、あたるがこの家を訪れるときには、必ず誰か別の人間を伴っていた。誰かの付き添いでもなければ、あたるが面堂にわざわざ会いに来たがるわけがないので当然のことではある。
 だから今こうして、あたる一人がこんな夜に自分の部屋にいるのを見るのは、すごく変な感じだった。
 あたるはスリッパを脱ぎ捨てると、勝手知ったる他人の家とばかりに面堂のベッドに倒れ込んだ。ぼふ、と小気味のいい音がする。
「いや〜金持ちのベッドはでかくていいね〜」
 そのままゴロゴロと転がっている様は小学生のようである。
「こら、諸星。他人のベッドを乱暴に扱うな!」
「他人のだから乱暴に扱ってたりして」
「諸星っ、きさまは!」
 面堂はいつもの感覚であたるをベッドから引きずり降ろそうと思って近付いたが、ベッド際に来た途端にあたるに腕を掴まれてぐいっと引かれた。
「わっ!」
 あたるの上に倒れ込んだと思ったのもつかの間、そのまま更に体を抱えられてぐるりと上下が反転する。
 気が付いたら、面堂はベッドに押し倒されてあたるを見上げていた。あたるは目を細めてにやりと笑う。
「油断大敵」
「……っ」
 かっと血が上って頬が熱くなる感覚がする。それは悔しさのせいか羞恥のせいか。
「はっ、放せ!」
「放すと思うか、この状況で」
「ちょっと待て、まだ心の準備がっ……」
「往生際の悪いやつだな〜」
 あたるは面堂の言葉を最後まで聞かずにそっと顔を近づける。
「いいからおれに任せとけって」
「んっ……」
 唇にふわりとあたたかい感触がある。思わず身をこわばらせると、宥めるようにそっと指を重ねて手を握られた。
 あたるは触れるか触れないかくらいのキスを、何度も唇に乗せる。ちゅ、ちゅ、とそのたびに小さく音がして、それが妙に気恥ずかしかった。誰かとキスするのはこれが初めてではないのに。
 羽根でなぞるように穏やかに優しく触れられているうちに、なぜだか意識がふわりとぼやけ、自然と力が抜けてくる。あたるは面堂の唇をぺろ、と舐めた。その瞬間身体の奥でぞくっと何か震える感覚があり、面堂はきゅっと指に力を入れた。
 知らない、こんな感覚は。
 少しざらついた舌先が唇のラインをゆっくりとなぞる。熱く濡れそぼったものが愛撫する。ちゅ、と音を立てて軽い力で吸い上げる。ただそれだけのことなのに、面堂は自分が少しずつ興奮しつつあることを感じざるを得なかった。 
「…っふ……」
 押し殺していた吐息がこらえきれずにこぼれていく。その瞬間を待ち構えていたように、あたるはかすかに開いた口許をもう一度塞いだ。ぬるりと隙間を縫うように熱いものが滑り込んでくる。
 反射的に身体がぴくっと小さく跳ねるが、しっかりと拘束されているために身動ぎすることは出来なかった。抵抗させまいとするように、手首をシーツに押しつける力がかすかに強くなる。
「ん、……っ、ぅ」
 厚みを持った、自分のものではないそれが口内を探るようにそっと動き回る。面堂は少しためらってから、相手の動きに応えて舌を絡めた。粘膜をこするざらついた感触がするたびに、ぞく、とかすかな快感があった。そしてそれは消えるのではなく体の中を静かに漂い、蓄積して、血と共に甘く体を巡っていく。面堂はいつしかキスに夢中になっていた。与えられるそばから、もっと、もっとと求めてやまない。
 だが不意に、あたるはキスをやめて唇をそっと離した。
「あ……」
 思わず縋るような目であたるを見上げると、あたるは苦笑して面堂の襟元を軽く引っ張る。
「服。邪魔だろ」
 それからボタンに手を掛けてするすると外していくので、面堂は慌ててその手を押さえた。
「いい、自分でやる……」
「そう?」
 上体を起こしてひとつひとつボタンを外し、徐々に肌があらわになっていく。あたるのほうも、ポケットから小さな箱を出してサイドテーブルに置いてから、自分の衣服を脱ぎ始めた。
 男の時なら、あたるの前で着替えたことなど数え切れないほどある。体育のとき、海水浴のとき、銭湯に行ったとき、旅行で同室になったとき。いずれの場合でも、何か不都合を感じたことはなかった。そもそも性的な関心を持つことがあり得ないという点では、犬や猫に裸身を晒すのと大差なかったとさえ言える。だがそうではない今、お互い一糸纏わぬ姿になると、どうにも居心地が悪い。
「おまえ、なんか妙にスタイルよくないか?」
 だから、こんな時でもいつもと同じ調子で話しかけてくるあたるに、面堂はほっとした。女性なら怒るところなのかもしれないが。
「そんなの知るか、ぼくのせいじゃない」
「おれだってあの鳥にそこまで細かい希望言ってないぞ」
 外気に触れてひんやりとした肩に、あたるの手がふれる。あたたかい。そして初めて今まで自分がひどく寒かったのだということを実感した。
 あたるはそのまま面堂をもう一度押し倒してから、興味津々な顔付きで面堂の胸をふにふにと触る。
「竜ちゃんの胸とどっちが大きいかな〜」
「あのな……そんなだからいつも女性に引っぱたかれる羽目になるんだぞ、きみは」
 思わず呆れてそう言うと、あたるはきょとんとしてかすかに首を傾げた。
「おまえ竜ちゃんにバストのサイズ負けたら悔しいのか?」
「アホか、誰がそんな話をしてる! ヤッてる最中に他の女性の話なんて、普通ならまずしないぞ」
「そういうもん?」
「当たり前だ!」
 ふーん、と気のない返事をしながら、あたるは乳房の表面を指先でするするとなぞる。それから手のひら全体で膨らみを包み込んで、感触を楽しむように柔らかく握った。面堂はくすぐったさに目を細める。今のところそれ以外の感覚はなかった。
「時に諸星……」
「ん?」
 あたるは乳房の横、脇の下に近い箇所を指先でやわやわと押し込んだり、膨らみを揉んだりして好きに遊んでいる。
「竜之介さんの胸のサイズはだいたいこのくらいだったのか」
「まあ触った感じはそうだな」
「興味深い」
「ただやっぱり竜ちゃんのほうが柔らかいような……」
 あたるは記憶と比べるように面堂の膨らみの感触を確かめてから、はたと我に返って咎めるような目を面堂に向ける。
「おまえも大概人のこと言えないと思うのだが……」
「ぼくのほうは時と場合をちゃんと考えて話してるぞ」
「嘘くせ〜……」
 それからまたあたるは先程と同じように、乳房の横を軽く押し込むようにしてしきりに刺激する。最初のうちはそうされてもなんともなかったのに、段々とくすぐったいだけでなく何故か背筋がぞくっとして面堂は息を呑んだ。
「諸星っ、さっきからなぜそんな変なところばかり触るんだ」
「あ、やっぱりここ感じる?」
「そうは言ってないっ」
 慌てて否定するが、あたるはそれを無視してつーっと指先でその場所をなぞる。またぞくぞくと甘い震えが走って面堂は身をよじった。
「っや……」
「女の子はここ性感帯らしいな、メガネから聞いた」
「き、きみたちは普段なんちゅー会話をしとるんだ……」
「こちとら健全な男子高校生だぞ、他に何の話をしろというんじゃ!」
「限度があるだろう!」
 あたるの手がまたするりと動く。乳房を手のひらで覆ってゆっくりと揉むのはさっきと変わらないはずなのに、今度は皮膚の下でぴりぴりと電気が走るように気持ちが良かった。
「っあ、なんで……」
「全体的に感度が上がるという話も本当らしい」
「おのれはっ、人の体でそんな実験するな…ッ」
「ま〜怒るなよ面堂、おまえにとってもいつかは役に立つ知識ではないか」
「ぅあっ!」
 色づいた先端を軽く摘まれただけで、びくっと身体が跳ねた。あたるは指の腹で小さな突起を付け根から優しくこすりあげる。もう片方の乳房では、全体を揉みしだきながら、指の間で乳首を挟んでくりくりと刺激する。
「あっ、う……!」
 種類の違う愛撫を同時にされて、たまらず嬌声が喉からこぼれる。存外大きな声だったので、慌てて手のひらで口許を覆って声を殺すと、あたるが少し不満そうな顔をした。
「別に我慢しなくていーのに」
「ばか、ここがどこか忘れたのか。見回りに聞こえたらまずいだろう……」
 面堂の言葉にあたるは自然と廊下に続く部屋の扉に視線を投げる。しっかり閉まってはいるが、外は静かだ。見回りのサングラス隊員や仕事中の女中さんが通りかかったとき、かすかに漏れる情事の声を聞き咎めないとは言い切れなかった。あたるは残念そうにため息をついた。
「ま、仕方ないか」
 あたるはそうして面堂の胸を刺激して楽しんでいたが、やがてするすると手のひらを体のラインに沿って移動させていく。肋から腰のくびれ、腰骨の硬い突起を撫でてから、内腿に手を伸ばしていく。そしてついにその場所にたどり着いた時、ビクッと体が跳ねた。
「ん…ッ」
 ただ指先が触れただけなのに、今までとは比べものにならない強烈な快感が走って、面堂は驚いた。今までの行為の中で既に潤っているそこを、あたるはゆっくりと撫でる。それだけで全身がぞくぞくした。制御できない快感が体の奥から湧き出てきて、それが止まらない。やがて中指の先がぐっと押し込まれて、中につぷりと入っていった。面堂は思わず呻いた。
「っく、ぅ……」
「痛い?」
 あたるは指を止めた。面堂が声を抑えながらかぶりを振ると、また指をゆっくり動かして少しずつ奥に進めていく。
「しかしおまえ、今マジで女なんだな」
「今更何を言ってる……」
「いや、改めて実感が湧いたというか……」
 入り口付近で彷徨うようにゆっくり出し入れされる指に、ぞわぞわするようなもどかしいような感覚がじんわりと生まれて来ていた。
「おまえを女として見たことないから妙な感じだな」
「そんな当然至極のこと真顔で言われても困るのだが……」
 この状況に至ってもまだとぼけたことしか言わない男である。ただセックスというものを試したいだけだから面堂はなんとも思わないが、普通の女の子だったらいい加減この無神経さに腹を立ててもおかしくはない。
 そのとき、少しずつ数を増やしながら奥へ奥へと侵入してきた指が、何かを掠めた。
「う……」
 ぴく、と体が反応する。違和感でも痛みでもない感覚が走ったのはそれが初めてだった。あたるは面堂の様子を目敏く見てとると、何かを探るようにその周辺をゆっくり撫で始めた。円を描くように内壁をさする手つき。少しして、あたるの指がまたさっきの場所に触れた。
「ひっ!」
 く、と優しく押された瞬間、強い快感が電撃のように身体に走っていた。
「な、なに……」
「ここかな?」
 あたるはそのまま同じ場所を撫でさすり続ける。そのたびに凶悪なまでの快楽がぴりぴりと全身に走って、面堂は無意識にあたるにしがみついた。
「あっ、うあっ、や…ッ」
「Gスポットっていうらしいよ、それ」
 逸る鼓動が熱い血液を全身に巡らせて、痺れるような甘い疼きに頭の中が塗りつぶされていく。理性や思考とかけ離れた動物的感覚。そしてその感覚は全身にくまなく広がってから、やがて下腹部に集中し始め、未知の感覚が強さを増していった。面堂は混乱しながらあたるの手首を掴んで止めようとした。しかしあたるはその手を優しく振りほどくとかえって指の動きを速めていく。
「っあ、ま、て、待て、やだ……、やっだめっ……」
 すべての快感がきゅうっと凝縮されたような感覚がしたと思ったら、次の瞬間それが弾けた。
「ぅあ、んん〜〜…ッ! 」
 一瞬で頭の中が真っ白になる。気持ちが良すぎて何がなんだかよくわからなくなって、あたるにぎゅうっと強く抱き着いた。
「え〜っと……もしかしなくてもイっちゃったよな?」
「っは、んっく、うあ…っ」
 びく、びくと筋肉が収縮を繰り返し、そのたびに強い快感が全身を駆け巡ってたまらず声が出る。一度出してしまえばすぐに終わる射精とは根本的に種類の違う絶頂だった。この強烈な感覚からもう逃れたいのに、身体は全く言うことを聞かない。
「ぅう〜……」
「どーだった、初めてのメスイキは? 噂通り良かった?」
 あたるは面堂の目尻から滲んだ涙を拭いながら、意地悪く笑って尋ねた。面堂は首を振る。
「も、やだ……こんなの……きもちよすぎてへんになる……」
 子どもみたいな物言いである自覚はあったが、取り繕う余裕すらもはや消え去っていた。
 その返答を聞いて、あたるはこくりと喉を鳴らす。
「……だめだ。これ以上は、待てん」
 はあ、とあたるが熱のこもった吐息をこぼした。
「諸星……?」
「はじめてだし、おまえは急ぐと逃げるからなるべくゆっくり……と思ってたんだが」
 あたるは先程サイドテーブルに置いた箱に手を伸ばし、取り出したビニール包装を乱暴に破いた。同級生と比べるとそっちの方面に疎い面堂でも、この状況で出されたそれが何であるかは流石にわかった。
「挿れたい、今すぐ」
 熱を孕んだストレートな一言に、身体が勝手にぞくっと反応する。この身体はもはや面堂の意思とは関係なく目の前の快楽だけを求めていた。面堂は怖くなる。自分が何か別の生き物に乗っ取られていくようだった。
 あたるは屹立した男性器に手早くゴムを付け、それから身を乗り出して面堂の太腿に手を掛けた。面堂は反射的に逃げ出そうと思ったが、腰が砕けてうまく動けず、あたるに難なく押さえ込まれてしまう。
「ま、待て、今そんなの挿れられたらぼくは……」
「だいじょーぶ、痛くしないから」
 痛かろうが痛くなかろうがそんなことはこの際どうでもいい。身体のうちに潜む得体のしれないものは、今ならまだ制御できると思う。無かったことにだってできるかもしれない。でも、それを受け入れたら、得体のしれない何かは遠からず檻を破って手の届かないところに逃げていく。そして二度と手綱を握ることはできないのだ。
 面堂は、そうして自分の理性が壊される瞬間も、理性の陰に隠れることができなくなった自分の姿も、絶対に見せたくないと思った。
「諸星、考え直せ……今ならまだ遅くはない。だいたいぼくたちは高校生だ、こんなのやはり早すぎる」
「まあ一度は言うと思ったが……」
 あたるは呆れたように呟き、怖気づいて身を引きかけている面堂の身体を押さえてぐっと腰を進めた。
「これでもそう言えるか?」
「ふぁあ…ッ!?」
 くち、と音を立てて先端が割り入ってくる。恐ろしいほどの快感に、力が入らず何も抵抗できない。
「気持ちよくて動けないだろ、面堂。いや〜、カラダってのは正直だね〜」
「っく、うぅ〜……」
「おまえの土壇場での往生際の悪さはよ〜〜く知っとるからな。しっかり外堀から埋めさせてもらったぞ」
 あたるは悪戯が成功したときの顔でにんまりと笑う。
「まさか今まで緊張感のないことばかり言ってたのは……」
「腕のいい狩人はギリギリまで獲物を警戒させないようにするもんだ」
 それからあたるは面堂の腰を掴んで、ずぷずぷと更に奥に身を沈めていく。指とは比べ物にならない質量が内壁を擦りあげ、痛みと快感が入り混じった強烈な感覚が容赦なく襲う。
「んっ! っく、んぅう……ッ」
「だから最初に言ってやっただろ、油断大敵だって」
 なんとか声を抑えなければ、と必死になって口許を押さえるが、くぐもった嬌声はひっきりなしにこぼれていく。その間にもあたるは少しずつ腰を進めていき、面堂はその感覚に抗うためにシーツがしわくちゃになるくらい強く握りしめた。
「は〜、めちゃくちゃ気持ちいい……」
「っひ、う、動くな……」
「そんな顔でよく言うよ」
 あたるは面堂のまなじりに浮かんだ涙をぺろりと舐める。
「もっと気持ちよくしてほしいと思ってるくせに」
「そ…んなことおもってない……」
「っう、ナカ締まったぞ。ほんと正直なカラダだこと」
「だっ、だまれっ!」
 羞恥に頬を真っ赤に染めて睨み付けるが、あたるはかえってからかうような笑みを浮かべて顔を近付けてくる。
「あらあら終ちゃんったらすっかり赤くなっちゃって、か〜わいいねぇ」
「この……っ!」
 その瞬間、なんとしてもこの男から憎らしいまでの余裕を奪い去りたいという激しい衝動が身体を駆け巡った。窮鼠が猫を噛みたくなる気持ちが、今ならよくわかる。あたるなんかに良いようにされることへの怒りと矜持に衝き動かされて、面堂は自身を縛る足枷となっていた羞恥心を差し当たり捨てる覚悟を決めた。そうだ、この男に一矢を報いるためなら、悪魔にだって魂を売り渡してやる。
「今に見てろ……!」
 そう言って面堂はあたるの腰を両手で掴むと、自らの腰を動かし始めた。あたるの肩が驚いたようにびくっと大きく跳ねる。
「ちょっ、よせ何すんだっ……!」
「きみが始めたことだぞ、今更泣き言をいうな!」
 卑猥な水音をさせながら、中のそれに強制的に抽送させていく。引き抜いては貫かれ、面堂も体の奥に広がる快感にぞくぞくして時々当初の目的を忘れそうになったが、どんどん動きを激しくしていった。あたるは段々焦ってきて面堂を止めようとするが、絶え間なく続く快楽責めに射精をこらえるだけで精一杯なようで抵抗は薄い。
「ッあ、うあ……待っ、やば、出……」
 あたるはぎりぎりまで耐えようと試みていたが、その瞬間びくりと体を緊張させて声を漏らした。繋がっている部分がどくんどくんと脈打つ。面堂はその感覚に深い満足を覚え、勝利の甘い陶酔に身を任せた。それは面堂がリードを握ってあたるを翻弄した証なのだ。
「っく、そ……」
 くたりと力を抜いて、あたるは面堂にもたれかかった。屈辱と敗北感の綯い交ぜになった、今すぐ消え去りたくてたまらないと言わんばかりの表情をしていた。ああ、この顔が見たかったのだ。あたるがこんなふうに顔を真っ赤にして恥じ入っているのは初めて見たかもしれない。まあ、はじめてのセックスでうっかり暴発したら誰だって同じ反応をするだろうが。
「ふはは、ざまみろ。童貞のくせにちょーしに乗るからだ!」
 面堂が大変気分良く追い討ちをかけると、そこであたるはゆらりと顔を上げた。かわいらしくさえあった恥じらいの表情は消え、ひどく恨みがましい目つきが取って代わる。
「そんなに余裕があるんだったらもう手加減しなくていいよな」
「え?」
「まさか一回きりで終わりなんて思ってないだろ?」
 ところが面堂は、まさにそう思っていたので、心持ち青ざめながら黙りこんだ。猫を噛んだ代償に窮鼠がどうなったのか、そこまで考えが及ばなかったのだ。
「ちょっと待て、今のは……こ、言葉の綾というか……」
「ほ〜、そりゃおかしいな。綾と言うには随分下世話な言葉をお使いになりましたね〜、面堂くん」
 言葉の調子こそふざけてはいるが、声色は低く抑えられ、その裏にある怒りがひしひしと感じられる。あたるは面堂との間を隔てていた薄い半透明の膜を外して口を縛ると、かすかに赤く色付いたそれを軽く振って見せる。
「これでも人のこと言えんのか、おい」
「……っ」
 面堂は咄嗟にぱっと顔を背けた。身体の変容を表す一番の証拠、そしてそれをあたるに奪われたことを示す色など、直視できるわけがない。
「おれが童貞ならおまえだって処女だろ」
「うううるさいっ!!」
「あれ、よく考えたらおまえのほうは処女喪失しただけでまだ童貞のままなんじゃ……」
「諸星っきさま、それ以上言ったら……」
 面堂が言い終える前に、あたるは面堂の手首を握ってぐっと引いた。そのまま面堂に未だ熱をもっているそれに触れさせる。
「あ……」
「それ以上言ったら?」
 少し粘ついた液体が表面に付いている。その液体が何なのかは考えなくてもわかっているので、面堂は反射的に手を引っ込めようとした。だがそうする前にあたるの手が上から重なって、ゆっくりと動かし始めた。
「どうするつもりなんだよ、面堂」
「そ、れは……」
 面堂の手が強制的に上下に動かされるたびに、くちゅ、ぬちゅ、と卑猥な音がする。聴きたくないと思った。まるで今も犯されているような気持ちになる。あるいはその感覚のほうが正しいのだろうか、この行為がゆくゆく辿り着く先を考えてみれば。
 自分以外の男のものに触れたのは生まれて初めてのことだった。そもそも自分がそんなことをする日が訪れるなんて面堂は想像したことすらなかったのだ。だから今どういう反応をするのが正しいのかわからなかった。怒るべきなのか。少なくとも普段の面堂なら絶対に怒ったはずだ。かと言って既にこうなってしまった今どういうふうに怒ればいいのか。混乱している間にも時間は着々と過ぎゆき、ますますこの状態から抜け出すきっかけがわからなくなっていく。
 知らず識らずのうちに、面堂は自分のものと今手のうちにあるものとを比べそうになって、無理矢理関係ないことを考えようとする。だが集中を欠けば繊細な動きなど当然できないわけで、あたるに釘を刺された。
「面堂、もっと真面目にやれよ」
「う……」
 面堂は仕方なく、手のひらの感覚に意識を集中させる。触れた当初は硬度を失い柔らかかったものは、何度か往復を繰り返すうちにむくりと持ち上がり、どんどん硬くなる。反り返って時折びくんと脈動する。さっきまでこれが自分の体内にあったのだと思い至ったとき、体の芯から全身にぞくりと電撃のように震えが走って、一瞬息が止まった。面堂の肉体は、手の内にあるものをもう一度、それも狂おしいほど欲しがっているということに、面堂はこのときはじめて気が付いた。
 頃合いを見てあたるはまた箱に手を伸ばし、小さなビニールの袋を取り出して破った。薄い膜が硬く反り返ったものを包む。面堂はぼんやりとそれを眺めて、こくりと唾を呑み込んだ。
 あたるは先を充てがった。
「しっかり声抑えとけよ」
 そこで更に、面堂の耳元で不穏な一言を囁いた。
「できるもんなら」
「え、あ……?」
 面堂がその言葉の意味を呑み込めないでいるうちに、あたるは面堂の両手首を掴んで縫い留めるようにシーツに押し付けた。
「おい諸星っ、なにを……」
 あたるは面堂の言葉を聞かずにぐっと腰を進める。ぬぷ、と音を立ててまた侵入され、ビクッと全身が跳ねた。
「あッ……!」
 すでに一度押し開かれたその場所は、初回よりも簡単にあたるを受け容れた。そして奥へ奥へと滑り込んでいく塊の先がついに敏感なところを擦り上げた。
「んっあ!?」
 反射的に大きな声が出てしまったが、抑えようにも手首を拘束されていて何もできない。逃れようと力を入れても、今の体勢、身体の状態ではとても勝てそうになかった。
「ど〜した、こんなの聞かれたら困るんだろ?」
 あたるはそう言いながら、面堂の抵抗がより強くなる場所をあえて正確に責め始めた。
「んっく、うあ、ぁあ…ッ!」
「おまえがちゃんと我慢しないと廊下に響いちゃうかもな〜?」
 とす、とす、と一定のリズムで執拗に同じ場所を優しくノックされる。だがそのやり口から感じ取れるのは気遣いではなく悪意そのものである。時折角度を変え、抉り方を変え、不意打ちを仕掛けてくるが、決定的な強い刺激は避けている。こんな真綿で絞めるようなやり方をするのは、面堂から艶めかしい嬌声をなるべく多く引き出して、他人に勘づかれることへの怯えを煽り立てるためにほかならない。そこまでわかっているのに快感に逆らえない自分に腹が立つが、身体は内部を優しくつつかれるたびに甘く痺れて、力が抜けてしまう。
「んぁ、あッ、やだ、諸星、やめてくれ……っ」
「おっかしーな、童貞が調子に乗ったくらいじゃ平気なんじゃなかったっけ?」
「諸星、も、おねがいだから……」
「うるせ〜、いまさらやめてやると思うなよ」
「あっあ、や、んぅ〜〜…ッ!」
 面堂は顔を背けてぎゅっと目を瞑った。そこが限界だった。体が意思に反してビクッと痙攣する。真っ白に灼けた鉄を腰のなかに押し込まれたように熱くてたまらない。収縮を繰り返す内部の動きであたるにも面堂がまたイッたことはわかっているはずなのに、あたるは腰の動きを全く止めようとしなかった。
「や、やめ、イって、る、今イってるから…っ!」
「知るか、おまえが勝手にイったんだろ」
 あたるはにべもなく切って捨てて、かえって強く奥まで突き上げた。面堂は衝撃に目を瞠って背筋をしならせる。
「ひッ、あああぁ…」
 あたるは一度出しているから次はそう簡単には達しないはずだが、面堂のほうは逆で、絶頂を迎えるたびに次にそれが来るペースが早まっていく。それでいて快楽の大きさそのものは決して減じない。頭がおかしくなるんじゃないかと本気で思うくらい、何度も何度も波が打ち寄せるように快感が高まっては堪える間もなく達した。度が過ぎた快楽はもはや苦痛の方に近いということを面堂はこのとき初めて知った。あんなふうに煽るんじゃなかった、と心底後悔する。
 一端に少しずつ力を掛けていった円盤がある瞬間を境にくるりと反転するように、何度目かわからない絶頂の瞬間頭の中で何かがくらりと揺らいで変化するのを感じた。あるいは一定時間異常な興奮状態にある交感神経から精神を守るために、脳が非常態勢に移り変わったのかも知れなかった。とにかくその瞬間、体を苛む苦痛がふっと消え、荒れ狂う嵐は突如穏やかな凪に変わったのだった。面堂はとろけるような夢見心地の表情を浮かべる。
「もろぼし……」
 その陶然とした状態は声にも表れたので、あたるも面堂の様子がどこか変わったことに気がついた。そのとき身体の中で特に気持ちのいい場所をぐっとこすられて、面堂はびくりと身体を震わせ、頭に浮かんだことを精査せずにそのまま口にする。
「あっ、それ好き、もっと……」
「どしたの、急に素直になったな」
「うあ、あっそこ……きもち、い……」
「というか、理性飛んじゃった?」
 今の面堂には、あたるの簡単な質問さえちゃんと認識できない。今ある感覚が全てだ。あたるは今面堂を気持ち良くしてくれて、面堂はその気持ち良いことが好きで、雛鳥が親の給餌だけをひたすら求めて鳴くように、あたるから与えられる快楽が何にもまして欲しかった。
「あっ、きもちいい……もろぼしぃ、もっと強く……」
 あたるはちょっと困ったような顔をした。
「あんまり煽るなよ……どうなっても知らないぞ」
「いい、から、もっと…奥に……」
 ぞくぞくしながらなおも快感が欲しくて、潤んだ目を懇願するように向ける。視線が合った途端、中であたるの一部分がびくりと震え、それから思い切ったように今までで一番深くまで一気に貫いていった。
「〜〜〜…ッ!!」
 あまりにも強い快感に、かえって声が出なかったのが救いだった。面堂は息もできずに体を仰け反らせた。生じた感覚を受け止めきれず、体の外に溢れていきそうだった。
 ぎりぎりまで抜かれ、その後奥深くまで刺し貫かれる。何度も何度も、強く深く。欲しがれば欲しがるぶんだけ惜しみなく与えられる悦びに心はとろけていく。
 そして次第に、押し寄せる快楽にあたるも眉を寄せて艶めいた声を漏らし、身体をふるりと震わせた。熱っぽい目でこちらを見下ろす彼の表情に、面堂はぞくぞくし、言葉にならない興奮を覚えた。いつまでも見ていたいと思った。彼が自分にどうしようもなく欲情しているその瞳を。
 繋がったところから広がる快感がじわりと幸福感に変わっていく。そして面堂は体の奥にこみ上げる切なさに身を震わせながら、あたるに訴えた。
「もろぼし、あ、これ、また…っ」
「イキそう?」
 こくこくと頷くと、あたるはやけに優しい手付きで面堂の頬を撫でた。
「おれと……一緒にイく?」
「ん……」
 また小さく頷く。あたるの甘やかな声の調子が心地よくて、面堂は目を細める。すがるように首に手を回すと、ちょうどあたるの熱い吐息が耳に掛かるようになって、体の奥からさらに興奮が湧き上がった。
 あたるの突き上げる動きが徐々に強くはげしくなる。滴るような情欲を含んだ吐息が耳を犯す。痺れるほどの快感に、全身が燃え上がるようだった。
 あたるが奥深くを強く突いた瞬間、面堂は今までで一番深い絶頂に達した。あたるのそれが中でどくどくと脈打つ感覚。熱くて溶けてしまいそうで、強烈な快感と多幸感に心が塗り潰されていく。全ての想念、雑念、記憶が取り払われ、精神はどこまでもフラットで真っ白になった。そのせいだろうか、ふと面堂は今まで色んなものに隠れて気が付かなかった感情を見つけた。こんなものがあったなんて全く知らなかったが、それは今の状況にとてもふさわしいもののような気がして、面堂はその感情を拾い上げた。
 面堂はあたるにぎゅうっとしがみついたまま、無意識に何かを囁いた。
 それを聞いてあたるはひどく驚いたようだった。だが面堂は自分が口にした言葉に意識を向けることはなかった。今の面堂には、体の奥から湧き上がる至福の快楽のほうがずっと大事だったのだ。